■『海のはくぶつかん』1997年9月号

ハリセンボンの護身術

 岡 有作 

 ハリセンボンは日本各地で、イバラフグ、カゼフグ(ウニの意)、ハリフグなどと呼ばれ、いずれもその特徴の針が名前の由来となっていて、食用よりも名前のおもしろさと、フグ提燈や水族館でのかわいらしい姿から、親しまれています。しかし「針千本」では誇大表示気味です。実際に数えてみると針(棘)の数は370から400本ほどです。
 ところで、フグの仲間は魚にしては泳ぎがうまくありません。そこで身を守る方法がいろいろあります。たとえば、皮膚から毒や悪い味のする物質を出す、皮膚の下が堅い甲羅になっている、食べると人間も危ない毒を持つ、体を膨らませる、全身の棘を立てて飲み込めなくする等、実に様々です。さらにはいくつかの方法を組み合わせて使う種類もいます。

 ハリセンボンが体を膨らませ、棘を立てるのはよく知られています。その仕組みは、海水を胃に大量に飲み込んで体を膨らませ、その時に棘の根本が引っ張られて起き上がります。釣り上げられたときには代わりに空気を飲み込みます。危険が去ると水や空気を吐き出してしぼみ、普段の姿にもどり逃げ出します。膨らんでいるときには泳げません。約束するとき唱える「指切りげんまん、嘘ついたらハリセンボン飲〜ます、指切った」のハリセンボンとは針を千本飲ませますよの意味ですが、その姿を見ると魚のハリセンボンでも約束を守らせる効果がありそうです。

 お客様から膨らんだフグをみたいとたびたび言われます。しかし彼らが膨らむのは身を守る必要に駆られたときだけです。普段展示水槽で針を立てた状態はまず見られません。永年水族館に勤めている私でも、特別な刺激をしないのに膨らんだハリセンボンは一度しか見たことがありません。外敵のいない水槽では、まれなことです。

 そこで見比べられるように体を膨らませて棘を立たせた状態の標本を作って水槽の側に置きました。計画では棘にも触れるようにするつもりでした。ところができ上がった標本の棘が非常にするどいのです。完ぺきな護身術です。予定通り展示をしたらきっと怪我をする人がたくさんでると思われ、急いでケースを作りました。この展示でご要望の一部でもお応えできたと思います。


『海のはくぶつかん』Vol.27, No.5, p.3 (所属・肩書は発行当時のもの)
  おか ゆうさく:学芸文化室水族課

最終更新日:1997-11-25(火)
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