■『海のはくぶつかん』1997年3月号

雌から雄に“性”を変える魚『キュウセン』

 小林 弘治・鈴木 克美

 ベラ科に含まれるキュウセンと呼ばれるベラは、日本各地の沿岸の、砂地の浅い海に住んでいます。駿河湾では普通に見られるベラで、子供たちでも簡単に釣ることができます。普通みかけるのは10〜20cmの大きさですが、成長すると35cmにもなります。地方によってはキュウセンベラとも呼ばれます。
 昼間は活発に泳ぎ行動していますが、夜間には砂中に潜り込んで休み、朝方になるとまず頭を砂上に出して、あたりをきょろきょろ見渡し、安全を知ると砂中より出て泳ぎ始めるという、たいへん面白い習性を持っています。
 関東や中部地方では、キュウセンは食べませんが、瀬戸内海沿いなどの関西地方などでは、美味とされ高値で取り引きされます。もし関東や中部地方に住む人で、キュウセンを好んで食べる方がいたら、きっと関西出身者と想像されます。関西地方では、薄い醤油味による煮魚として食べるようです。どうも関東人と関西人では、舌や嗜好が違うようです。

キュウセンの写真  ベラ科の魚は、一般に同じ魚種でも二通りの体色があります。キュウセンも同様です。キュウセンの体色の第一のタイプは、体が赤味を帯びたくすんだ色彩で、体側の中央に目の後方から尾のつけねにかけて、一本の太い黒帯があります(写真1A)。第二のタイプでは、体は鮮やかな緑色で、体側中央に目の後方から尾のつけねにかけて、青色の幅広い帯があって、青い帯には胸鰭の後方に、大型で明るい青色で縁どられた黒い斑紋が1個あります(写真1B)。二つのタイプは、体色からみると別種のように違います。地方によっては、前者をアカベラ、後者をアオベラとも呼ばれます。ベラ科魚類では、くすんだ体色から鮮やかな体色に変化することから、くすんだ体色を始相、鮮やかな体色を終相と呼びます。それに従うと、キュウセンのA型は始相、B型は終相に相当します。この原因は、キュウセンが成長に伴って雌から雄に性を変える、雌性先熟の雌雄同体魚であるからとされており、雌から雄に性を変える時に、体色も変化させるとされていました。
 我々が駿河湾産で、キュウセンの性について詳しく調べた結果、さらに複雑な性現象のあることが分かりました。つまりA型のベラには、雌と生まれながらの雄(一次雄)、および雌から雄への性変化の途上にある中間型(間性)の三通りがありました。一方、B型のベラには、一次雄と雌から性変化した雄(二次雄)の二通りの雄がいました。しかし、雌の一部は生涯雌のままで体色も変化しない個体もいるようです。
 したがって、キュウセンは同一の種であるのに、雌雄異体と雌雄同体の両方がある訳なのです。さらに、この結果では性の変化が起こってから、体色の変化が起こると云えます。  魚に限らず、雌・雄という性を詳しく調べるには、卵巣や精巣のある生殖腺を調べなくてはなりません。そこで、キュウセンの一次雄と雌および二次雄、さらに雌から雄への性変化の様子について、生殖腺からみた話を簡単に述べてみます。

精巣の写真  一次雄は、生まれながら精巣(一次精巣)を持っていますが、外見的には左右に薄い形状で多数のひだがあり、比較的大きな器官です(写真2A)。雌は卵巣を持っていますが、一般に大きく丸くふくらんでいます(写真2B)。二次雄は、卵巣が二次的に精巣に変化した二次精巣を持ち、外見的には、前の一次精巣や卵巣に比べ著しく小型で細長い形です(写真2C)。なお、雌から雄に移行中のベラは、一般に卵巣と二次精巣の中間的な形です。
顕微鏡写真

 以上のような三つの生殖腺を顕微鏡で見ると、一次精巣は精子を作る雄の細胞が充満した精巣の組織のみであり、雌の要素は見られません(写真3)。卵巣は多数の丸い卵母細胞が充満しており、溝状の卵巣腔と呼ぶ、卵が排卵される空所があるのが特徴です(写真4)。雌から雄に性を変えた二次精巣は、精子を作る雄の細胞が充満していますが、卵巣と同様な空所があって、元々が卵巣であったことが分かります(写真5)。また雌から雄に移行中の生殖腺は、卵母細胞や精子を作る細胞の両方が見られ、性を変えている様子が良く分かります(写真6)。キュウセンの性変化が起こる時期は、駿河湾では産卵期が終わった8〜3月です。

 釣りの好きな方で、もしキュウセンを釣る機会があったら、ハサミでおなかを切り開いて生殖腺を観察してみて下さい。眼で見ただけでも、キュウセンの性について、不思議で面白い世界の一部が直接のぞけると思います。


『海のはくぶつかん』Vol.27, No.2, p.2〜3 (所属・肩書は発行当時のもの)
  こばやし こうじ:学芸文化室水族課
  すずき かつみ:東海大学海洋科学博物館副館長

最終更新日:1997-04-03(木)
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     東海大学社会教育センター
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