■『海のはくぶつかん』1996年11月号

マダラトビエイがやってきた

野口 文隆 

 当館の海洋水槽には、4種類7尾のエイの仲間が飼育されています。大多数のエイは餌の時間以外は、動くことも少なく、水槽の底や岩の上で寝ているかのようにじっとしています。しかし、その中で1種だけ、常にせわしなく泳ぎ回っているエイがいます。マダラトビエイというエイで、大きな胸びれを使い、軽やかに泳ぎ、時には名前のように水中から飛び上がることもあります。独特のとがったへら状の吻を有する愛きょうのある顔をしています(写真1)。
写真1.

 8月の初めに、そのマダラトビエイが新しく2尾、鹿児島県から運ばれてくることになりました。運ばれて来る当日、眠い眼をこすりながら、朝の4時頃に到着予定のトラックを待っていました。予定より遅れ、到着したのは8時頃で、待っているだけで疲れてしまいましたが、それよりも、魚が大丈夫かが心配でした。トラックの水槽内をのぞいてみると、約20時間の長旅のつかれも感じさせず、2尾とも元気に泳いでいました。また、大きさが事前に知らされていたよりも、かなり大きく、後で計ってみると大きい方のメスで体長1.2m、もう一方のオスでも0.9mありました。それまで飼育していたものより、ひと回りからふた回りほど大きな個体です。
 トラックから海洋水槽に運ぶのは一苦労で、エイの体を傷をつけないように、魚用の大きな担架を使って、1尾づつ暴れないように運んでいかなくてはなりません。結局、5人がかりでなんとか持ち上げ、トラックからおろし、無事に海洋水槽に入れることができました。

写真2.  海洋水槽に入れると、腹のあたりに輸送中についたと思われる、すり傷のようなものがあるものの、すぐに2尾一緒にゆったりとならんで泳いでいました。翌日には、それまでいたマダラトビエイも一緒に泳ぐようになり、3尾そろって泳ぐ姿は、なかなか迫力があります(写真2)。
 もともとマダラトビエイはおとなしく、仲間同士でけんかをすることも少ないと聞いていましたが、仲良く並んで泳いでいる姿を見て、安心しました。
 水族館で、新しく魚が入ってくると初めは病気や傷等、搬入時の魚の状態が一番気になります。しばらくすると、次は餌を食べてくれるかが気になります。ほとんどの魚は、しばらくして環境に慣れてくると、徐々に餌を食べてくれるようになりますが、中には何ヶ月たっても餌を食べてくれない、頑固者もいます。
 それまで飼育していたマダラトビエイは、運ばれてきた直後から盛んに餌を食べたようです。けれど、今回入ってきた2尾のマダラトビエイは、なかなかの頑固者で、餌を食べてくれるまでいろいろと苦労させられました。

写真3.  はじめはそれまで飼育していたものと同じように、水槽の上からアジやイカを投げ込んで与えて見ましたが、1週間たってもいっこうに食べようとする気配がありません。自然界では、砂の中にいる貝やエビ等を探し、食べているので、ウチムラサキガイという大きな2枚貝も与えてみましたが、食べてくれません。やむをえず、水槽内に潜って強制的に餌をエイの口に持っていき、食べさせることにしました(写真3)。
 潜って間近で見ると、想像以上に体は大きく、チラリと見える大きな歯が恐ろしく感じられます。初めは、餌を与える時に、手も一緒に食べられてしまうのではないかと心配でした。ただ、マダラトビエイの歯は、餌をかみ切るのではなく、かみ砕くような、すり鉢状の構造になっているため、実際はそれほど危なくありません。
 強制給餌も始めのうちは、餌を口の中に押し込んでもなかなか食べてくれません。けれど2〜3日すると、アジやイカは食べないものの、貝を殻ごとバリバリと独特の歯でかみ砕きながら、食べるようになりました。1〜2週間もするとずいぶんと人にも慣れ、潜るとすぐ近くに寄ってきて、餌をねだってきます。
 この頃には、大きな方のエイは何でも食べるようになりました。水槽の上から投げ入れた餌に対しても、まるで掃除機が吸い込むようにどんどん食べていきます。多い日には、1日にアジを10尾近く、食べてしまうこともありました。
 それに比べて、小さい方は、なかなか思ったように餌を食べてくれません。貝はよく食べるものの、他の餌は口の中に入れても、すぐに吐き出してしまいます。貝だけでは、どうしても栄養が偏ってしまうため、長期間飼育していくうえでは、何とか好き嫌いを無くさなくてはなりません。しかたなく、アジやイカの大きさを変えてみたり、餌の種類を変えて、イワシやエビなども与えてみましたがまったく食べてくれません。
 そこで、大好きな貝にアジをはさんであげてみました。すると、餌を嫌がらず口の中に入れて、噛んでいるのが見えたので、やっとアジを食べてくれたと思った瞬間、見事にアジだけを吐き出してしまいました。このようなことを繰り返して、およそ1ヶ月が過ぎようとしていたある日、うれしいニュースが飛び込んできました。マダラトビエイが、子供を産んだのです。驚いて見に行くと、親そっくりのかわいい子供がいました。産んだのは、新しく入ってきた大きなメスで、夜中から明け方にかけて産んだようです。

写真4.

 マダラトビエイの子供は、約1年間ほど母親の腹の中で育られ、ある程度大きくなってから産まれてきます。通常は、1〜2尾の子供を産むそうですが、今回はめずらしく合計4尾産まれました(写真4)。大きさは平均で体長約30cm、体重380g程しかなく、通常より、体長で半分、体重においては1/10程度しかありませんでした。早産のようなかたちで産まれてきたために、残念ながら翌日には、すべての子供が死んでしまいました。
 現在、マダラトビエイは運ばれてきた時の傷もすっかりと治り、餌を食べなかった小さな個体も、徐々にイカ等を食べるようになってきました。今回の子供は残念な結果になりましたが、これからも3尾を大切に育てて、元気な子供が産まれることを期待しています。


『海のはくぶつかん』Vol.26, No.6, p.2〜3 (所属・肩書は発行当時のもの)
  のぐち ふみたか:学芸文化室水族課

最終更新日:1996-12-12(木)
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