■『海のはくぶつかん』1996年9月号

望星丸航海に同乗して
北太平洋で海鳥を調べる

 永井 彰 

 1996年6月27日に望星丸が東廻りのコースで世界一周の航海に出港しました。日本にもどってくるのは10月31日ですから、128日に及ぶ大航海になります。この航海の最初の寄港地にはカナダのバンクーバーが選ばれ、北太平洋を航海することになりました。
 そこで私たちはこの機会に北太平洋の海鳥を調べようと計画しました。この理由は、漁船が「海鳥が集まっているところに魚の群がいる」のを知っているように、魚などを餌にして沖で生活している海の鳥が多いところは、餌が豊富で海の生産力の高いところと考えられます。これにはどこの海にどんな鳥が、何羽ぐらい見られるかを調べることが必要です。
 第二に海の環境として海鳥が減っていくようなところは、汚れが進んでいるかもしれません。時々調査して、環境が変化しているかどうかをみる指標に海鳥がなるのではないかと考え、その基礎データーとして、望星丸の航路で見られる鳥を調べようということになりました。
 船による海鳥の調査はこれまで春と秋の渡りの季節に少しづつ行われていますが、6月末から7月はじめという海鳥の繁殖期にはどの鳥も長距離移動はあまりしませんから、その海域にいる鳥の実数を調べるには一番よい季節になると思います。
 そこで、望星丸航海による北太平洋のシーバードラインセンサス(海鳥の分布調査)として研究チームを作りました。これには沖縄地域研究センターで鳥の研究の専門家の河野裕美さんと私の外に大学院生の名倉徹君を加えて3人で船に乗りこみました。この他海洋物理・化学・プランクトン等の研究者が乗りこみ、海洋調査団は13名でした。
 望星丸が航海している間は毎日、朝から夕食後まで1日8時間の観察を、船のデッキで行いました。望星丸のデッキは船の一番高いところで、見通しがいいところだからです。ここで、双眼鏡で海面に目をくばり、海の上に浮かんでいたり、飛んでいる鳥の名前を調べ、数を記録します。また望遠レンズのついたカメラで写真撮影もして、出現種の証拠とするようにします。飛び方などは8ミリビデオカメラも用いてみました。
 今回のバンクーバーまでの航海は、シケにも合わず、ほとんどが曇り空でしたが、風はおだやかで、凪の状態が続き同じような条件で調査ができました。アリューシャン列島の近くでは名物の霧がでて、視界が数百メートルになってしまうことがありましたが、船のまわりに飛んでくる鳥の観察には別に支障はなく、連日忙しく調査を行いました。
 この結果、東京の晴海埠頭を出船してからバンクーバーに入るためアメリカのフラッタリー岬沖を通るまでの13日間に1万795羽の鳥が記録できました。種類数では全部で35種の海鳥が出現しました。一日当りの出現数は一番多かった7日目(7月3日)に2753羽で、これはアリューシャン列島近くで、ハシボソミズナギドリの群に何度も出会った時でした。一番少なかったのは、6月30日(4日目、カムチャッカ半島南方)で霧がたちこめて、視界が狭かったためか一日かかっても255羽でした。一日平均、830羽を観察、記録したことになります。一日8時間の調査ですから、1時間当り約100羽を観察し、記録してゆく作業で、海鳥の名前を正確に同定できる能力が必要でした。これには海鳥調査の経験者で、多くの標本を見ている河野さんが参加してくれたので、正しい名前を調べるのに大きな力となりました。
 海の鳥ではアホウドリというのが有名ですが、アホウドリは日本南方の鳥島などが繁殖地で、今回は見られませんでした。そのかわり、それより少し小型のクロアシアホウドリ(写真1.)とコアホウドリが時々見られました。
写真1.クロアシアホウドリ

 海の上の鳥は似ているものが多いので、どれも同じようにみえますが、海によって大分変化します。日本でおなじみのカモメはウミネコですが、これは東京湾から房総沖までの1日目に見られただけで2日目からは姿が見えなくなりました。またオオミズナギドリも日本近海では普通の鳥ですが、初日に300羽以上見られたのに、2日目には4羽だけで、あとは姿を消してしまい、渡りの季節以外では沖合いには殆ど見られないことがわかりました。
図1.日本からバンクーバーまでの望星丸の航路と観察された鳥数

 航路図(図1)に示したようにアリューシャン列島の近くを通行した時は嘴の赤い、エトピリカ(写真2)という鳥がよく水面に浮いていました。船が近づくと、バタバタと飛びたとうとしますが、間にあわないと、あっという間に水の中にもぐってしまう、潜水の名人であることがわかりました。エトピリカは日本では北海道のまわりの無人島に繁殖地がありますが、近年、減少しているといわれます。二度目の7月3日(日付変更線を越えたので7月3日が2日続きました)には370羽ほど記録され、エトピリカの本場はベーリング海だなと感じました。
写真2.エトピリカ

 バンクーバーに近づくと漁船が操業するのが見られるようになり、カモメの種類がシロカモメやカルホルニアカモメなどアメリカの鳥類図鑑にのっている種類に変わりました。そうしたらやがてアメリカ北西端のフラッタリー岬が見え、バンクーバー島との間の水道を通って、バンクーバーへ7月9日の朝入港しました。今回記録された鳥のデーターから、分布についてのたくさんの資料を得ることができました。
 特に南半球で繁殖して、南半球の冬を北太平洋で過ごすハイイロミズナギドリなどの分布や、繁殖にまだ参加しない若鳥の行動範囲などをコアホウドリなどでデーターとする予定です。
 ブリッジで鳥を見ていると、航海士や練習生の中にも鳥に興味のある人が大勢いて、今回は楽しい調査航海となりました。機会があれば他の海も調べてみたいと思っています。


『海のはくぶつかん』Vol.26, No.5, p.2〜3 (所属・肩書は発行当時のもの)
  ながい あきら:東海大学海洋科学博物館館長

最終更新日:1996-10-12(土)
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