■『海のはくぶつかん』1995年7月号

コガネヤッコの性変換

日置勝三 

 一生の間に雌から雄、あるいは雄から雌へ性変換をする魚は世界で約400種が知られています。当館で初めて明らかにされた種類も少なくはありません。魚類は現在世界に約2400種いるといわれていますので、この数から考えるとごく一部と感じられるかも知れません。
 しかし、この分野の研究が急速に進んだのはごく近年になってからのことで、それも飼育技術や潜水技術の進歩にともなって、魚の行動を直に長時間詳しく観察することができるようになったためです。研究が進むにつれて性変換する種はどんどん増えています。
 性変換には雌から雄に変わるベラやキンチャクダイの仲間、雄から雌に変わるコチやクマノミの仲間があります。さらにその両方の方向、つまりその個体が置かれている社会状況によって雄でも雌でもどちらにでも変わる種はハゼ科、ハタ科、ゴンベ科、キンチャクダイ科(シテンヤッコ属)の数種で知られています。雄と雄が出会ったときには一方が雌に、雌と雌が出会ったときには一方が雄に性変換するというものです。
 キンチャクダイ科のアブラヤッコ属の魚は海底に雄1尾と雌数尾からなるハレムを形成して生活します。体長の一番大きいのが雄で、繁殖期にはハレム内の雌に次々に求愛して産卵させ、その卵に精子をかけ受精させる繁殖形態を持ちます。この仲間も雌から雄に性が変わります。以前は動物は種を存続させるために繁殖しているという考え方でしたが、最近では個体が中心という考え方に見直されてきています。つまり、個体が一生の間に残す子孫(遺伝子)の数をできるだけ多くする(繁殖成功度)ために努力しているということが、いろいろな観察から分かってきました。
 アブラヤッコ属が性変換する理由として今一番よく当てはまるのが「体長・有利説」です。つまり、ハレムには小さい雄は存在できません、たとえいたとしても大きな雄に攻撃され繁殖に参加することはできません。それならば体が小さいうちは繁殖ができない雄でいるよりも雌としてせっせと繁殖し、体がある程度の大きさになってハレムの雄が何らかの理由で不在になったとき、雌から雄にすばやく性を変えた方が子孫を多く残すには有利になります。というのも雄になればハレムのすべての雌が産んだ卵を受精させるわけですから、残す子孫の数(繁殖成功度)は飛躍的に増大することになります。このような理由でアブラヤッコ属のようにハレムを形成して生活する種では、小さいときには雌で、大きくなってチャンスがきた雄に変わる「雌性先熟性変換」が進化してきたものと考えられます。このようにアブラヤッコ属の魚は、海の中では一生に一度だけ雌から雄に性を変えます。それでは何らかの理由で雄だけになったとき雄から雌には変われないのでしょうか。
 そこでアブラヤッコ属のコガネヤッコという種類で水槽の中に雄どうしを入れて実験してみることにしました。
 アブラヤッコは以前お話したキンチャクダイ科のタテジマヤッコ属のように雌雄で体色斑紋に大きな違いがなく、外観からはなかなか雄雌の判断がつきません。そこで現在確かに雄として機能している証拠をつかむ必要があります。

実験工程図

アブラヤッコの繁殖行動  そのために図1に示すような行程で実験をしてみました。先ず個体AとCを7月3日に水槽に入れ観察を始めました。すると約5ヶ月後の12月6日にAが雄、Cが雌として繁殖行動(写真1)が観察され、生み出された卵も受精していることが確かめられました。Aは雄として機能していることになります。その後も12月18日まで毎日繁殖が観察されました。翌年の1月11日に今度はAを取り上げ、別の水槽にいたBを入れ、BとC(雌)の組合せにしました。すると3月27日にBが雄、Cが雌として繁殖し、卵の受精も確認されました。つまりBも雄として機能しているのが確かめられたわけです(写真2A)。
 これでやっと雄から雌に変われるものかどうかを実験する条件が揃いました。そこで4月25日にA(雄)とB(雌)を同じ水槽に入れたところ、予想はされていましたが、激しいケンカとなりました。そこで水槽内をプラスチックの網で仕切り、姿は見えるが、近づけないようにして様子を見たところ、4日後には網を外してもケンカしなくなりました。観察を続けたところ、7月15日にAが雄、Bが雌として繁殖し、卵の受精も確認されました。つまりBは雄から雌に性変換したことになります。解剖して確かめた生殖腺も完全な卵巣でした(写真2B)。  水槽実験で見られたように雄どうしには激しいケンカが見られ、海の中でこのような組合せになるかどうかは疑問が残りますが、アブラヤッコ属のコガネヤッコでは少なくとも水槽実験では雌から雄、そして雄から雌にも性変換が可能であることが分かりました。


『海のはくぶつかん』Vol.26, No.4, p.2〜3 (所属・肩書は発行当時のもの)
  ひおき しょうぞう:学芸文化室水族課

最終更新日:1996-07-13(土)
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