■『海のはくぶつかん』1996年5月号

春の魚『カツオ』

田中 洋一  


カツオ

 広辞苑によれば、「春」という季節の期間は、見方や暦によって多少異なっており、陰暦では1月〜3月、天文学的には3月21日頃の春分から6月22日頃の夏至までとなり、今回のように旬の魚について書くとなると、気象学つまり太陽暦でいう3月、4月、5月ということになるでしょう。春は陸地では動物たちの愛の始まりや草木の芽生えの季節です。一方、海では秋から冬に繁茂した大型の海藻が枯れて終わりを告げるのとは逆に、多くの魚たちの産卵が開始される「生命誕生の季節」でもあります。ですから、春に産卵する魚も、ある意味では「旬の魚」といえますが、今回は食卓に上がるといった意味での旬ということでカツオについて話を進めましょう。
 カツオと言えば、魚食民族の日本人にとっては古くから縁の深い魚で、この魚の名前を知らない人は殆どいないといっても過言ではないでしょう。特に昔から「目に青葉 山ほととぎす 初鰹」と歌に詠まれているように、晩春に南の海から日本沿岸にやって来るカツオは、旬の魚として刺身やタタキなどで食され、季節の味として珍重されてきました。また、海面から抜き取るように次々に釣り上げるカツオの一本釣り漁は勇壮で、その光景には男のロマンが感じられ、多くの漁獲があった昭和40年代初頭までの水産高校生にとっては憧れともなっていたようです。しかし、その後の一本釣り機の開発や資源の減少に伴って、最近ではすっかり人気もなくなってしまいました。時代の流れとは言え、何となく寂しさを感じます。
 カツオは広い意味ではサバやマグロの仲間(サバ科)で、この仲間の体型は、泳ぐのに最も適した紡錘型をしています。カツオと呼ばれる種には、ソウダガツオ(ヒラソウダ・マルソウダ)やハガツオ、そしてごく近縁種で、胸鰭の下方に黒いお灸の跡のような斑紋があることからヤイトという別名をもつスマがいます。
 ところで、機会あるごとに本誌でもご紹介してきましたが、当館では26年前の開館から5年間、水槽でカツオやマグロを飼育するという、当時としては画期的な挑戦を試みました。この挑戦はある程度の成功を収めることができ、得られた結果が、その後のマグロ類の水槽飼育成功に役立ったものと考えています。とはいえ、当時はクロマグロの飼育を中心としていたため、カツオの飼育については余り力を入れておらず、資料も得られていませんでした。しかし、飼育を再開した1990年以降には、カツオも飼育対象種として重点をおくことにしたところ、カツオはマグロ類よりも飼育し易く、しかも背側の紫がかった紺色の体色は他の種に比べても際立って美しく、展示効果もあることが解りました。尚、カツオの特徴ともなっている体側から腹側に見られる縦縞は、死亡後や興奮したときに現れるもので、元気で泳いでいる個体には見られません。


『海のはくぶつかん』Vol.26, No.3, p.6 (所属・肩書は発行当時のもの)
  たなか よういち:東海大学海洋研究所助教授

最終更新日:1996-05-26(日)
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