■『海のはくぶつかん』1996年3月号

共に生きる海の生き物たち

毎原 泰彦 

 海の中には様々な生き物たちが住み、多様な生活を営んでいることは、皆さんよくご存じのことと思います。ここでは、それらの中で異なる種類の生き物同士が一緒に生活している現象に目を向けてみたいと思います。
イソギンチャク類とクマノミ類  よく知られているのが、イソギンチャク類とクマノミ類の関係です(写真1)。両者の関係は古くから知られており、イソギンチャク類の触手を隠れ家として利用する代わりに、クマノミ類はイソギンチャク類へ餌を運ぶという、お互い共に利益を得る関係であると言われてきました。しかし、見た目にはお互いの利益になるような関係でも、よく調べてみると人が考えるほどそんなに甘ないようです。
 例えば、クマノミ類以外の魚たちがイソギンチャクの触手に触れると、刺胞という毒針が発射され、刺し殺されてしまいます。しかし、クマノミ類の体表は、刺胞の発射を止める成分を含んだ粘液で厚く覆われていて、なおかつ独特の行動や刺胞毒に対する何らかの抵抗性までも体内に持っていることが分かっています。この様にクマノミ類はいくつもの保護策を持つことで、危険なイソギンチャク類を安全な隠れ家として利用しているのです。
カザリイソギンチャクエビ  駿河湾では、イソギンチャクを隠れ家として利用している動物にエビ類がいます。水深4〜5メートルの岩礁域に見られるサンゴイソギンチャクとオオサンゴイソギンチャクには周年、カザリイソギンチャクエビという全長2センチ程の小さなエビが住んでいます(写真2)。このエビ以外にもヒメイソギンチャクエビ、イソギンチャクエビ、イソギンチャクモエビ等のいずれも全長数センチの小型のエビがこれらのイソギンチャクを隠れ家にしていることが分かっています。また水深5〜30メートルの砂泥底で見られるスナイソギンチャクの周りには、アカホシカクレエビという全長3センチ程の美しいエビが住んでいます(写真3)。
アカホシカクレエビ  私達の研究から、これらのエビがイソギンチャクを隠れ家としてだけではなく、食物としても利用している場合があると分かってきました。それではイソギンチャク類はただ利用されているだけなのでしょうか?まだイソギンチャク類がどの様な利益を受けているかについては分かっていません。両者の相互関係を調べるにはより広範囲に、深く掘り下げた研究が必要と思われます。
ガンガゼカクレエビ  イソギンチャク類以外の動物を隠れ家として利用し、さらに餌としても利用しているのがガンガゼというウニに住む、全長2センチ程のガンガゼカクレエビです(写真4)。通常1個体のガンガゼの棘には2〜3尾のガンガゼカクレエビが付着しています。ウニの棘に付着しているので、当然魚達の攻撃からは身を隠すことができます。また野外観察の結果、このエビはあまり泳ぎ回らず、泳いでもせいぜい棘間の移動を行うくらいで、別のウニへの移動などは観察されませんでした。これでは魚達の攻撃を受ける機会はほとんどないでしょう。それではこのエビはどのようにして宿主であるガンガゼを認識するのでしょうか?ガンガゼが住んでいる場所の近くには他のウニ類も住んでいます。
 私達が行った簡単な実験で、このエビは色と匂いでガンガゼと認識するのではないかという結果が得られました。また1個体のガンガゼに多数のエビを付着させると、ガンガゼの棘は折れてしまいます。折れた棘を顕微鏡で観察すると折れた部分がかじり取られたように細くなっていました。そこで、ガンガゼカクレエビの胃の中を観察したところ、ガンガゼの棘片が見つかりました。この結果、エビはガンガゼを餌としても利用していることが分かりました。この例でもウニがエビから利益を受けるかどうかは分かりませんでした。
ゼブラガニ  ラッパウニ、イイジマフクロウニといったウニ類の棘の間にはゼブラガニというカニがついていることがあります(写真5)。現在までの研究では、このカニもまたこれらのウニの棘を隠れ家や餌として、利用しているようです。このほかにも宿主を隠れ家や餌として利用している例はアサリやハマグリなどの貝の中に住むカクレガニの仲間など数多く知られています。
 ヤドカリは普通巻貝の殻で柔らかい腹部を隠しています。そして、家である巻貝の殻にイソギンチャクを乗せているヤドカリがいます。ケスジヤドカリとヤドカリイソギンチャクです(Vol.25 No.4)。ヤドカリが大きくなって大きな巻貝の殻に引っ越すときはイソギンチャクも殻から離し、新しい住まいの大きな貝殻に移しかえます。イソギンチャクがいることでヤドカリを食べるタコの攻撃を防ぐことができるのです。
ダテハゼとニシキテッポウエビ  ほかの動物の体を利用するのではなく、ほかの動物の隠れ家を利用する場合もあります。駿河湾ではダテハゼがニシキテッポウエビの作った巣穴に同居しているのが観察されます(写真6)。自分の穴を利用されているテッポウエビは何か利益があるのでしょうか?目の見えないテッポウエビは穴から外に出るときは、触角を常にダテハゼの体に触れさせることにより、危険が近づくと体や尾鰭を振るハゼに危険を知らせてもらうのです。
 私達もある意味では、海と共に生きています。色々調べていくうちに、ガンガゼとガンガゼカクレエビのように、海を一方的に利用するのではなく、ダテハゼとニシキテッポウエビのように、海と共に仲良く付き合っていきたいと思いました。


『海のはくぶつかん』Vol.26, No.2, p.4〜5 (所属・肩書は発行当時のもの)
  まいはら やすひこ:学芸文化室水族課

最終更新日:1996-05-24(金)
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