■『海のはくぶつかん』1996年1月号

冬の魚 『アンコウ』

塩原 美敞

 冬の食卓には鍋が一番。鍋といえばアンコウ、と連想される方は相当のアンコウ通。アンコウは深海性の魚で、主に水深400〜500mまですんでいますが、時々20〜30mの浅いところでも見ることができます。
 アンコウの旬は冬。体が軟らかいアンコウを調理するには、下顎に鍵をつけて吊し、胃袋に水をいれ、その重みを利用して皮や肉や骨などを切り離していく、つるし切りという方法がとられます。そのようにして切り取った筋肉、えら、肝臓、鰭、卵巣、胃袋、皮の部分は鍋物や汁にするととてもおいしく、アンコウの七つ道具といっています。
 アンコウ科にはアンコウ、キアンコウ、ヒメアンコウなど7種がいますが、食用にするのはアンコウとキアンコウのようです。でもこの2種は姿・形がほとんど同じで、外見からではなかなか見分けがつきません。大きな違いは背骨の数が多いか少ないかです。両方とも大きいものでは、全長で1〜1.5m、体重で30kg以上にもなります。
 アンコウを飼育してみようと計画を立てました。アンコウは底引網や刺網でとれます。底引網でとれるアンコウはほかの漁獲物にもまれて、体が傷だらけになっています。刺網では網がぐるぐるとアンコウに巻き付き、とても生かせる状態ではありません。まれに潜水して採集できる時がありますが、そう簡単に見つかるはずがありません。生存の確率が低いのを覚悟で、近くの刺網漁をしている漁師さんに、できるだけ状態の良いアンコウをと注文して、連絡を待つことにしました。
アンコウ  数日して網を整理する小屋に行くと、タイミングよく、取れたばかりのアンコウが水槽に入っていました。全長40cmほどの適当なサイズです。表面上は大きな傷も見られず、なかなかの状態のようです。漁師さんは「網に少しからまっていただけだからいいものだよ」とちょっと自慢顔でした。アンコウはとても神経質で飼育の難しい魚の一つです。環境が変わると、水面まで上がってきて立ち泳ぎをしたり、水槽内をぐるぐると泳ぎ回ったり、あげくに受け口の下顎をガラスや壁にぶつけ、傷を作って死んでしまうケースがありました。今回のアンコウも刺網でとれていますから、眼に見えない傷がかなりついているはずです。傷を広げないために、傷薬を飼育水に溶かし、まずその手当から始めます。同時に水槽の周囲や上部に覆いをかけ中を暗くして落ち着かせます。傷の治療が終わると餌付けが始まります。これからがアンコウとの根くらべになります。
 アンコウは生きている魚などを好んで食べます。しかし、水族館では魚やエビ、イカなどの切身を与え、生きた魚を餌にすることはあまりありません。まず餌つき棒の先に魚をつけ、頭の上でひらひらと泳ぐようにちらつかせます。1週間続けても見向きもしません。生きた小魚だと頭部に付いているアンテナ状の竿をしきりに振り、一瞬のうちに大きな口で捕らえるくせに、死んでいる魚には用がないといった感じです。しかし10日もするとさすがにお腹がすいたのか、餌つき棒の先のアジをまるごと飲み込みました。ここまでくれば一安心。あとは刺激しないように慎重に飼育を続ければ、展示につなげられそうです。そのうち人が近づいただけでも頭部の竿を振って、餌をねだるまで慣れてくるでしょう。


『海のはくぶつかん』Vol.26, No.1, p.6 (所属・肩書は発行当時のもの)
  しおばら よしひさ:学芸文化室水族課

最終更新日:1996-05-24(金)
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