■『海のはくぶつかん』1996年1月号

潜水具の話

石橋 忠信 

 明けましておめでとうございます。昨年は当館でも、メクアリウム(機械水族館)の展示を新しくするなどして、皆さんにご覧いただきましたがいかがだったでしょうか。
 さて、当館での展示の中には、立体ハイビジョンを使って沖縄の海やマンタの映像を上映しているホールがあります。ここで立体ハイビジョンを見た人の中には、スクリーンから飛び出してくるマンタを見て、自分も海に潜って、本物のマンタを見たいと考える人も多いようです。最近では、海に潜ること(スキューバダイビング)も比較的簡単になったので、実際に自分の目でマンタを見ることも夢ではなくなってきたようです。
 このマンタウォッチングに必要な潜水具は、私たちの博物館でも調査に欠かせない道具の一つですが、昔から見るとこれらの道具もかなり進歩しています。今回は、潜水具の簡単な歴史についてご説明しましょう。
 かつて海中での作業というと、体が大きく体力のある男性で、特別な訓練を受けた人だけにしかできず、そのうえ海上の船からいろいろと助けてもらう必要がありました。
 1700年代の初め頃の話になりますが、一番最初に考えられた潜水方法は、ヘルメットのついた潜水服をきて水中にいる人間に空気を送って呼吸させる、という方法(ヘルメット潜水)でした。と ころが水中では体に圧力がかかるので、ちょっと深いところに潜ると、肺を拡げて空気を吸おうとする力が水圧に負けてしまい、うまく呼吸することができません。送った空気で肺を拡げるためには、水圧に負けないだけの圧力が必要ですが、当時使っていたフイゴでは必要な圧力の空気を送ることができませんでした。
 結局この方法の実用化は、強制的に空気を送るために蒸気機関の力で動く高圧ポンプが誕生するまで待たなければなりませんでした。
 ところで、このヘルメット潜水は、空気を送るための大きなポンプや、それを積むための船が必要になるので装置が大がかりになります。
 また、バランスをくずさないように足に大きな重りを付けたり、空気を送る長いホースが必要になるのでとても動きにくい方法です。そこで小型のヘルメットを使う方法や、腰から上だけの潜水服を使う方法、ヘルメットでなくマスクに空気を送って潜る方法なども考え出されています。
 しかし、ヘルメット潜水は体が水に濡れず、常に空気が送られてくるので、冷たい水の中でも長時間潜ることができます。そのため、実用化から200年近くたつ現在でも世界中で使われています。
 一方、今から50年ほど前になりますが、フランスのクストーが新しい潜水方法を発明しました。この方法はポンプを使って空気を送るのではなく、空気をあらかじめ圧縮してタンクに詰めておき、空気が元の体積にもどろうとする力を使って呼吸しようとするものでした。
 必要になる道具は空気を入れるタンクと、水深に応じて肺に送り込む空気の圧力を調整するレギュレータと呼ばれる小さな装置だけです。レギュレータはタンクに取付けてしまいますし、タンクそのものは背負って動くことができます。
 また、それまでの水を完全に遮断して体がぬれないようにした潜水服とは別に、体が水にぬれてもある程度体温が保てるような潜水服(ウェットスーツ)が開発されました。
 これらの方法の発明によって、あまり深くないところであれば、かなり自由に海に潜る事ができるようになりました。
スキューバ解説
 このような、自分で水中に空気を持ちこむ呼吸装置をスキューバ(自給式水中呼吸装置)と呼び、クストーが発明した潜水具は、「アクアラング」という商品名で一般に売り出されました。
 水深10m位までなら水圧による潜水病の心配もそれ程ありませんから、それまではとても大がかりになっていた修理、たとえば大型船のスクリューに網がかかってしまった場合などの修理が簡単にできるようになり、とても便利になりました。
 また、スキューバの発明で、それ以前に比べ、より多くの人が海中に潜るようになりました。そして海洋の研究者たちの中にも自分で潜って調査をする人も現れてきました。
 当時、海洋生物の研究は、潮の満ち干で空中に現れる潮間帯と呼ばれるところより下ではあまり進んでいませんでした。しかし、スキューバを使うことによって、それより深い潮下帯の部分でさまざまな発見がなされるようになりました。
 このスキューバは開放式と呼ばれ、一度呼吸に使った空気を、そのまま水中に吐き出してしまう方式の潜水具ですが、これとは別に閉鎖循環式と呼ばれる潜水具も開発されています。
 閉鎖循環式では一度使った空気を何度も利用します。もちろん同じ空気を使っていると、酸素がなくなってくるので、タンクから補給し、逆に肺から吐き出された炭酸ガスは、薬品を使って吸収します。この方式は開放循環式に比べ、長時間潜ることができますが、メカニズムが複雑になり取扱いも困難になります。
 また、水中にいると、体にかかる圧力が大きくなるので、地上にいる時よりも多くの窒素や酸素を吸いこむことになり、血液の中にも多く溶けこみます。これが窒素酔いや酸素中毒、そして減圧症(潜水病)の原因になるのですが、このような問題点の研究も進んできています。
 潜水する場合、空気中の窒素が問題になることが分ってきたため、深い場所に潜る時には、空気中の窒素をヘリウムに置き換えた気体を使うようになりました。また、減圧症にならないためには、浮上する時にゆっくりと圧力を下げる減圧が必要ですが、深く潜るとこの減圧時間が長くなるため、海底で作業できる時間が短くなってしまいます。そこで、飽和潜水という技術も開発されています。
 この方法では、海中と同じ圧力をかけた部屋を使い、ダイバーは作業が終わるまで海中と部屋を往復し、常に同じ圧力を受けたままで生活します。そして、作業が全て終わってから部屋ごと地上にもどり、ゆっくり圧力を下げることで、減圧の回数を一度だけにすることができます。また、この部屋の中では、ヘリウムが入った空気を吸っているので、話し声がカン高い音に変化して聞き取りにくくなります。この声のことをヘリウムボイス(ドナルドダックボイス)と呼び、連絡に使う電話にはこの声を元にもどす装置が付いています。このような技術の進歩により、現在では水深300mを越える深さでの潜水作業が可能になりました。
 ご紹介したように、潜水道具にもいろいろな歴史があり、開発がおこなわれています。わたしたちの博物館でも、潜水具の歴史をどこかで一度きちんとまとめ、展示の形で皆さんにもご覧いただきたいと考えています。


『海のはくぶつかん』Vol.26, No.1, p.2〜3 (所属・肩書は発行当時のもの)
  いしばし ただのぶ:学芸文化室博物課

最終更新日:1996-05-24(金)
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