■『海のはくぶつかん』1995年11月号

秋の魚『イナダ』

 舟尾 隆 

 みなさんはイナダという名前の魚をしっていますか? それではワカナゴという名前の魚は? それではモジャコは? それではブリはどうですか?じつはいままでの4つはすべて同じ魚の名前なのです。これらの名前はすべてブリの呼び名なのです。
 ブリは出世魚といい、成長につれて呼び名が変わってくるのです。呼び名は地方によっても変わり、実際には100種類近くあります。関東・東海地方では普通、モジャコ、ワカナゴ、イナダ、ワラサ、ブリと変わっていきます。一時、養殖魚の代名詞のようになったハマチという呼び名は、実は関西地方でのブリの呼び名が広まったものなのです。
 ブリは、関西方面では正月に欠かせない魚で、ちょうど、関東方面の新巻サケの代わりとなるものです。これから正月までの期間、養殖ハマチの出荷が一番盛んになる季節です。また、天然ブリがもっともおいしいのはこれからの季節です。寒い時期にとれるブリはあぶらがのりとてもおいしく「寒ブリ」と呼ばれ、冬の味覚として重宝されています。
イナダ  ブリは日本の沿岸を回遊する代表的な魚の一つです。成魚の最適水温は約17〜20度といわれており、その水温域にのって日本の沿岸を移動するのです。春から夏にかけて、北海道沿岸や朝鮮半島北岸まで北上し、秋から冬には東シナ海まで南下するのです。1、1月ごろ東シナ海に南下したブリは、そこで産卵を始めます。
 生後約3年、体重4kgで産卵を始め、産卵期間中に約100万個の卵を産むといわれています。卵の大きさは、直径約1.3mm、水温約20度で3日間でふ化し、ふ化直後の仔魚は全長約3.5mmです。
 毎年5〜6月、その年に東シナ海で産まれたブリの幼魚たちは、黒潮にのって九州・四国付近に流れてきます。ちょうどそのころ、海底からホンダワラやイソモクなどの海藻がちぎれ、流れ藻となって海の表面をただよい始めます。ブリの幼魚たちはそんな流れ藻をかくれがとして黒潮にのって北上してゆきます。その体色は、流れ藻と同じような黄褐色をしており、このころのブリの幼魚をモジャコと呼び、ハマチ養殖のために、このモジャコを捕まえるモジャコ漁が、各地で行われます。
 モジャコたちも全長約10cmの大きさになると、ワカナゴと呼ばれ、流れ藻から離れて生活するようになります。すると体色は背中側が青っぽくなり、腹側が白っぽく変わってゆきます。ワカナゴたちはえさを活発に食べて成長し、9〜10月には全長約40cmに成長し、イナダと呼ばれるようになります。
 当館が面している駿河湾三保海岸でも、ちょうどこの時期にイナダが岸近くに寄ってきて、船釣りだけでなく、海岸からの投げ釣りでも釣れ、秋の釣り対象魚の代表となります。
 イナダはさらに成長し、全長約60cmになるとワラサと呼ばれるようになり、そして、最後にブリとなるのです。成長したブリは全長約120cm、体重約17kgとなります。


『海のはくぶつかん』Vol.25, No.6, p.6 (所属・肩書は発行当時のもの)
  ふなお たかし:学芸文化室水族課

最終更新日:1996-05-24(金)
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