■『海のはくぶつかん』1995年9月号

シテンヤッコの繁殖行動

日置 勝三

 シテンヤッコは全長15cmほどのキンチャクダイ科の魚で、相模湾以南の太平洋沿岸からインド、西太平洋に分布します。本来暖かい海を好む種で、分布の北限である駿河湾や相模湾では成魚は観察されませんが、秋口に3〜4cmの幼魚を稀に見ることがあります(本誌Vol.3,No.2参照)。
 沖縄で採集されたシテンヤッコを、当館の水槽で飼育したところ繁殖行動が観察され、その卵の発生や生まれた仔魚の記録をとることができました。また親魚の組み合わせを変えることによって、雌から雄あるいは雄から雌に性が変わることも確かめられましたので、その様子をお話しします。

繁殖期間と産卵時刻

図1.シテンヤッコの産卵時刻と日没の関係
 水槽内での繁殖行動は1988年の8月22日〜10月23日にかけてほとんど毎日観察されました。産卵時刻は夕刻で、たいていの場合日没の直後に見られましたが、繁殖期間の初めは17時頃で、次第に遅くなり、最後には18時30分頃になりました(図1)。産卵はいつも薄暗がりの中で行われ、多くのサンゴ礁魚類で知られるように、捕食者から卵を守るためと考えられます。

繁殖行動

 通常は雌雄ともに水槽内をゆっくりと泳いでいますが、夕刻の産卵の約2時間30分前から、まず雄が雌に対して求愛を開始します。この時は、雄は体を横に倒し、雌の周囲を回るように早い速度で泳ぐ求愛を何度も繰り返し行います(図2a)。
図2.シテンヤッコの繁殖行動模式図
 しかし、雌はこの時点では応じません。産卵の約2時間前になると雄の求愛に雌が関心を示し、雄に近づくようになります。すると雄は雌の前で静止して、全ての鰭を広げ、全身を細かく震わせる求愛行動を示します(図2b)。
 産卵約30分前になると、今度は雌が雄に対して上記の雄と同じような求愛行動をします(図2c)。すると雄は雌の下側に回り、口先で雌の腹部をつつきながらゆっくりと上昇します(図2d)。
 この一連の行動を何回か繰り返した後に、水面付近に達した2尾は腹部を揃えるようにして、産卵します。この時、同時に雄は精子を出し、卵を受精させます(図2e)。
 産卵は常に1日1回でした。繁殖行動の基本的な部分は過去に観察した同じキンチャクダイ科のタテジマヤッコのなかまと同様でした(本誌Vol.9,No.6;Vol.12,No.4参照)。

卵と仔魚の形態

図3.シテンヤッコの産と仔魚
 生みだされた卵は無色透明で、一粒づつがバラバラになって水面に浮きます。直径は0.8mm程の大きさです。産卵後、つまり受精後16時間程で孵化します。孵化した直後の仔魚は全長1.6mm程です。腹側の卵黄(餌を食べるまでの栄養源)が大きくその後端に1個の油球があります。
 また、体の背面には多数の黒色の色素胞があるなど、この点も今までに調べられた他のキンチャクダイ科の魚種とよく形態が似ていました(図3F)。
 孵化後3日目には、全長2.8mmになり口も開き、餌が食べられる状態になりましたが(図3L)、いつも当館に用意してある餌のプランクトンのシオミズツボワムシでは、大きすぎて口に入らず、これ以後大きく育成することはできませんでした。

性変換現象

 キンチャクダイ科魚類の性変換現象は、今までにも数種類について調べ報告してきましたが、シテンヤッコについても、実験を行い調べてみました。
 今までのキンチャクダイ科の結果では、雌から雄に変わることが確かめられています。しかしシテンヤッコでは、雌から雄、そしてさらに雄から雌に変わることも確かめられました。
 繁殖行動の観察で機能が確かめられた個体のうち、雄2尾を同じ水槽内に飼育してみたらどうなるかを実験してみました。飼育開始直後に激しいケンカが始まり、このまま放っておくと両者ともボロボロになってしまうので、水槽内をプラスチック製の網で仕切り、姿は見えるが、近寄れないようにしました。
 40日後に網を外したところ、闘争はなくなりましたが、互いに雄としての求愛行動を繰り返しました。でも片方の個体が優勢でした。その約40日後には互いの求愛行動も不活発になりました。そのまた約45日後1尾が原因不明で死亡しました。以前劣勢であった個体です。
 解剖して生殖腺を調べてみると、立派な卵巣であることが確かめられました。この個体の生殖腺は精巣から卵巣に変化し、つまり雄から雌に変化したことになります。もう一方の個体の生殖腺は精巣でした。
 水槽の中での実験ですが、このように雄から雌に変化することも確かめられました。


『海のはくぶつかん』Vol.25, No.5, p.2〜3 (所属・肩書は発行当時のもの)
  ひおき しょうぞう:学芸文化室水族課

最終更新日:1996-05-24(金)
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