■『海のはくぶつかん』1995年7月号

海を知らない魚達
繁殖賞もらった!(スズメダイ科-1 クマノミ編)

田中 洋一 

 平成6年現在、日本の水族館61と動物園94園館は、社団法人日本動物園水族館協会(一般には日動水とか動水協と呼んでいます)という組織に加盟しています。協会では、研究会の開催など様々な事業を行っていますが、その事業の一つとして繁殖表彰があります。
 これは昭和32年に始められたもので、「協会に加盟する園館で飼育動物の繁殖に成功し(誕生後6ヶ月を過ぎて飼育したもの)、かつ、それがわが国で最初であったときは、規定にもとづいて繁殖賞を授与する」というものです。そしてこれまでにこの賞を授賞した動物は、平成6年度現在、哺乳類・鳥類・爬虫類および両生類を飼育する動物園関係では、42目2亜目139科4亜科675種と比較的多くいます。しかし一方、水族館の魚類の場合は、15目41科85種(このうち淡水魚は6目8科25種、海水魚は11目34科60種)と、哺乳類ほかの動物の約1/8しかありません。しかも、世界の現生魚類が2万数千種類と言われていますから、育成に成功した60種という数は、極めて少ないと言わざるを得ません。
 この差の理由としてはいくつかが考えられますが、その主なものに、魚類の場合には卵や仔魚が極めて小さく、器官も未発達であることが上げられます。従って、それらに与える餌の問題もあって、育成は大変困難であると言えます。
 本誌で何度も紹介してきましたように、当館では開館した25年前から、館内の水槽で行われる海水魚の産卵を観察・記録し、得られた卵から孵化する仔魚を育てる努力を続けています。その結果、これまでに160種を越える海水魚の産卵を観察し、そのうち29種類については、育成に成功することができました。そして、これまでに8種類で繁殖賞を受け、3種類については現在申請中です。
 そこで本誌では、これら繁殖賞を受けた魚たちを何回かに分けてご紹介したいと思いますが、先ず第1回目として、「海を知らないクマノミたち」をご紹介します。
 クマノミの仲間は、インド・西部太平洋の熱帯〜亜熱帯のサンゴ礁域を中心として分布しており、世界的には26種ほどが知られています。そしてわが国では、琉球列島を中心に6種の生息が確認されています。当館では、1975年にクマノミの繁殖に成功して以来、これまでに本邦産とされるクマノミ類6種(クマノミ、ハマクマノミ、トウアカクマノミ、カクレクマノミ、ハナビラクマノミ、セジロクマノミ)全てと、外国産3種(シロミスジ、ニシハナビラクマノミ、クロハマクマノミ)の合計9種のクマノミ類を繁殖・育成することができ、現在も繁殖・育成を継続中です。
 また、昨年は新たに大量育成することができたクロハマクマノミを申請しましたが、今回は、そのうちこれまでに繁殖賞を頂いた4種類について紹介します。

かくれくまのみ(写真1、2)

カクレクマノミ

 当館で育成に成功したクマノミ類としては、クマノミについで2番目です。美麗な模様とひょうきんな動きが可愛らしく、クマノミの仲間では最も人気があります。
 当館で繁殖したクマノミ類としては最も大量に育成され、わが国の水族館を始め、1993年にはモスクワ大学にも寄贈しました。稚魚期に強い蝟集性(相互に寄り集まって群がりを形成する)を示すクマノミ類の中でも目立って顕著に認められます。1977年に授賞しました。

とうあかくまのみ(写真3、4)

トウアカクマノミ

 10cm以下の種類が多いクマノミ類の中では珍しく、全長が20cmほどに達するものもいます。
 また、自然での生息場所も、他の多くのクマノミ類が浅い場所のイソギンチャクの群体を主な住処としているのとは違って、やや深い砂地で生活しています。これまでに知られるクマノミ類の1回の産出卵数としては最も多く、約3000粒を産卵しました。孵化後2年半後には、当館生まれの三世が誕生しました。1980年に授賞しました。

しろみすじ(写真5、6)

シロミスジ

 日本の海には生息しない、外国産のクマノミです。頬に大きな鋭い棘があるのが特徴です。ペアの場合、雌雄で大きさがかなり違う場合が多いようで、当館で産卵した雌は、全長で雄の2.1倍が計測されました。
 他のクマノミ類に比べて性格が荒く、稚魚期に既に個体間の闘争が見られました。1980年に授賞しました。

にしはなびらくまのみ(写真7、8)

ニシハナビラクマノミ

 シロミスジと同様、外国産のクマノミです。体つきはハナビラクマノミに似ていますが、体色が黄色味をおびた茶褐色で、腹鰭と尻鰭は黒色をしています。仔魚は脆弱で孵化後の死亡率も高く、育成には大変苦労しました。1991年に授賞しました。
 当館では今後も数多くの種類の魚達の繁殖と育成に力を注ぎ、海を知らない魚達を数多く作り出していきたいと考えています。


『海のはくぶつかん』Vol.25, No.4, p.4〜5 (所属・肩書は発行当時のもの)
  たなか よういち:学芸文化室水族課

最終更新日:1996-05-24(金)
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