■『海のはくぶつかん』1995年3月号

アメリカ合衆国の水族館を視察して
12,000マイルの旅

塩原 美敞 

 機上から見たシアトルの夜景は、宝石箱のふたを開けたように美しく、一人旅の私の心を和ませてくれました。
 昨年11月28日から15日間にわたって、アメリカ合衆国の水族館や動物園を訪れる機会に恵まれました。アメリカ合衆国のうち水族館や動物園が充実している、西海岸を選びました。その中からいくつかの水族館をご紹介します。
 まず合衆国とカナダの国境付近にある美しい街シアトル、そのダウンタウンに程近いシアトル水族館です。シアトル水族館はエリオット湾に突き出すいくつもの桟橋の並ぶ一つにあります(写真1)。そのほかの桟橋もレストランやギフトショップ、フェリーの発着所になっていて、この周辺はアミューズメントスポットにもなっています。
シアトル水族館(写真1)

 水族館は1898年以来使われていた倉庫を利用した建物(B-1)と、1977年のオープン時に作った建物(B-2)に分かれています。倉庫を利用した建物は100年近くも経過しただけあって、歴史を感じさせます。水族館の入口は意外にこじんまりできていて、分かりにくいところにありました。料金は6ドル(約600円)です。
 シアトル水族館の展示生物は、エリオット湾の一部で水族館が面しているプージェットサウンドと呼ばれる海に棲む生物を中心に展示しています。
 B-1では余り大きくない水槽を波型に配置して、プージェットサウンドの生物、特にウニ、ヒトデ、イソギンチャクなどの無脊椎動物を展示していました。良い状態で飼育されていて、どれも大型なのでとても目につきました。そしてただ生物を見てもらうだけでなく、コーナー毎にテーマを決めて解説もしています。たとえば生物が生きていくための原則について、魚の鱗の種類や役目を紹介したり、泳ぎ方や体のつくりなども重要であることを解説したりしています。そのほか無脊椎動物のウニ、ヒトデの体の構造について実物とパネルを使用して詳しく説明していました。
 B-2にはアザラシやラッコなどを収容した大型水槽やタイドプール、サケの孵化の様子を見せる水槽などがあって、B-1と趣を変えた展示形態をとっています。その一角にプージェットサウンドの魚のコーナーで、探していたコルフォプテルス ニコルシーというハゼの一種を見つけました。外国の研究報告で性が変化する魚として頻繁に出てくるので、一度見たいと思っていた魚なのです。これがあのハゼかとうれしくなりしばらく眺めていました。
 シアトル水族館で一番大きいドーム型の水槽は容量が40万ガロンあります。日本ではガロンの単位はなじみがありませんが、アメリカでは普通です。1ガロンは約3.8リットルですからドーム水槽は、約1,520トンになります。この水槽はドームの中に入り、外側を見る感じになります。ほぼ全周囲が見渡せるようになっていて、水族館の近くの海で採集された生物が収容されています。
 シアトル付近の海は水温の低いカルフォルニア海流ですから、そこに棲む魚達は地味な色合いが多いのですが、キラリと光る魚を見つけました。
ギンザメの仲間(写真2)

私たちが駿河湾で集めようとしている、ギンザメのなかまやツノザメのなかまです。水槽内で元気良く泳いでいました(写真2)。案内をしてくれた方に聞くと、水族館のすぐ近くの30〜40mの深さで採れると言うのです。駿河湾ではこのなかまはとても深いところに棲んでいるので、シアトル水族館のように簡単に集められないでいるのです。とても羨ましい思いで水族館を後にしました。
 次に訪れたのは、陽がさんさんと輝くサンディエゴです。世界最大のヨットレース、アメリカズカップが開かれているところですね。サンディエゴではまずシーワールドへ出かけました。シーワールドは、中心街のブロードウエイからNo.9路線のバスで、約30分程のミッション湾のほとりにあります。
 日本を出発する前にシーワールドは広いと予備知識を頭の中に入れていったのですが、さすがアメリカと驚くばかりの広さでした。シーワールドには13の展示館、3つの水族館、4つの冒険館などがありますが、イルカ、アザラシ、シャチなどショーの多い施設です。2,500人も収容できるシャチのスタジアムでは、日本人ではなかな真似の出来ないユーモアを混じえた解説で、シャチをジャンプさせたり、わざと観客に水をかけさせたりしているのです。私の訪れた時は肌寒い日にもかかわらず、観客席の前に座り、わざわざシャチの水にかかりに行く人もいるほど、人気の高いショーでした。
 シャークエンカウンター(サメ館)には4つの水槽があって、ミズワニ科の一種、ツマグロ、メジロザメ、ネムリブカなど多くのサメがとても良い状態で飼育されていました。特にミズワニ科の一種とメジロザメは全長3mを越す見事なサメでした(写真3)。
メジロザメ(写真3)

順路にも工夫がなされ、水槽の上から眺めたり、トンネル水槽になっていたり約30mの大きなガラス張りの水槽があったりして、飽きさせない展示方法をとっていました。シーワールドの入場料は28.95ドル(約2,895円)と少し高めでした。
 最後に訪れたのは、サンフランシスコからハイウエーを2.5〜3時間南下した落ち着いた街にあるモントレー水族館です。モントレーの街はかつてイワシの缶詰工場で栄えていたのですが、イワシが捕れなくなるとともに工場も減り、1972年を最後に工場がなくなってしまいました。現在のモントレー水族館は、最後の工場の形を模して1984年にオープンした比較的新しい水族館です(写真4)。水族館はモントレー湾に面していて、目の前には30〜40mにも達する海藻、ジャイアントケルプの先端が水面に漂うのが、またアシカやラッコが泳ぐのが見えたり、環境的にとても恵まれたところです。モントレー水族館の展示基本姿勢は、モントレー湾の全てを見てもらおうという考えです。
モントレー水族館(写真4)

 館内には大小約100の展示水槽を備えていて、全てにモントレー湾の魚類や無脊椎動物が収容されていました。大型の水槽はこの館の売り物のジャイアントケルプを展示している、水深10mのケルプの森水槽(容量約1,200トン)です。水槽の下に立ち、仰ぎ見る形は当館の海洋水槽を想い起こします。中でユラユラと搖れる海藻を見ていると自分も搖れて来る感じです。
 ジャイアントケルプは水族館の前の海から採集してきて、水槽に植え付けるのだそうです。この水槽では1回目の解説が行われていました。水槽の中にはダイバーが、外に解説員がいて水槽内の魚の紹介をしたり、餌をあげたりしていました。水槽の前には、子供達が座り込みそして大人も大勢集まり、ダイバーとの会話や解説員の話を聞いたり、質問を浴びせたりしていました(写真5)。日本の水族館ではあまり見られない光景です。
解説風景(写真5)

 ケルプの森水槽とほぼ同じ大きさのモントレーの環境水槽では、サメやタラのなかまなど大型の魚を収容しています。水槽の中は岩礁底、砂底、埠頭などにデザインして、モントレー湾の環境を再現して見せていました。この水槽にはガラスの一部が内側へ半円球にへこんだところがあります。直径、奥行きともに1.2mぐらいです。半円球の中に体を入り込ませると、魚がすぐ近くの目の下にいて、ガラス越しに見てはいるのですが、水のバリアを通り抜けたような不思議な感じになります。なかなか面白い展示手法の一つだと思いました。 この水族館の飼育水は目の前の海から汲み上げた水をそのまま使っているので、特に大型の水槽内にはイソギンチャクなどの無脊椎動物や、小さな海藻が付着して自然の海を切り取ってきたように見えます。
 他にもいろいろな生物が展示されていますが、ウニのなかまで日本のカシパンに似た、サンドダラーが砂につきささって生活している様子や(写真6)、水槽の中にたくさん入っているクモヒトデのなかまが、腕を持ち上げ動かしているのがとても印象的でした。
サンドダラー(写真6)

 タッチプールには2〜3名のボランティアの人が常駐して、身近にみられるウニ、ヒトデ、イソギンチャク、ナマコなどの解説をしています。プールをのぞき込むとボランティアの人が声をかけてきます。この時はナマコを取り上げて説明をしていました(写真7)。次々と来る人に解説するのですから、そのまま続けていれば生物が衰弱してしまうのではないかと心配したのですが、水槽の一部に手が届かないような深みを作り、保養場所を用意してあるのです。思いやりのある細かい心遣いに感心しました。
タッチプール(写真7)

 モントレー水族館は、展示生物の質の高さや整備された水槽、工夫を凝らした展示方法などすばらしい水族館でした。それは 350人のスタッフが飼育、教育普及、展示、研究とそれぞれ専門分野で仕事をし、またタッチプールやケルプ研究室、ギフトショップなどで働く赤いジャケットを着た700人のボランティアが支えているのだと思いました。
 今回のアメリカ合衆国への旅では水族館のほか動物園や科学館も視察してきましたが、どこの施設でも、お母さんが子供に解説文を読んであげたり、ゆっくり時間をかけて見学する人を多く見かけました。アメリカの国民性でしょうか。


『海のはくぶつかん』Vol.25, No.2, p.4〜6 (所属・肩書は発行当時のもの)
  しおばら よしひさ:学芸文化室水族課

最終更新日:1996-08-18(日)
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     東海大学社会教育センター
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