■『海のはくぶつかん』1995年1月号

人魚の財布(Mermaid purse)ってなに?

 舟尾 隆 

 みなさんは人魚の財布って知っていますか?
 デンマ−クのコペンハ−ゲンに銅像があり、童話で有名な人魚姫がもっている財布?人魚伝説のモデルになったジュゴンに関係するもの???
 そうではなく、実はサメの仲間の卵のことをそう呼ぶのです。サメの仲間の繁殖は、卵を産むものと子どもを産むものがあることは以前にも本誌でお話ししました。そして、サメの仲間は交尾によって胎内受精による繁殖を行います。受精後、卵が卵殻腺という体内の器官を通過するときに卵のまわりに卵殻が添加され、産卵されるのです。
 当館では今までに8種類のサメの仲間が人魚の財布を生んでいます。そのうちのいくつかを紹介しましょう。
ナヌカザメ(写真1)

 写真1はナヌカザメの卵と親です。表紙の写真も本種の卵です。卵の長さ約12.5cm、ほぼ四角形をしており、四隅にはラセン状になったひものような突起物があります。この突起物はなにかにからみついて卵を固定する役目をもっています。親は全長約100cmです。
トラザメ(写真2)

 写真2はトラザメの卵と親です。卵の長さ約6cm、ナヌカザメよりかなり小さいものです。トラザメの親も全長約35cmと小さいのです。
ヤモリザメ(写真3)

 写真3はヤモリザメの卵と親です。卵の長さ約7cmです。4隅の突起物の長さはとても短いものになっています。ヤモリザメの親は全長約40cmです。
ネコザメ(写真4)

 写真4はネコザメの卵と親です。いままでの卵は四角形が基本形でしたが、ネコザメの卵は楕円形が基本形です。卵の長さ約15cm、ラセン状にねじれたような形です。4隅の突起物はありません。ネコザメの親は全長約90cmです。
ギンザメ(写真5)

 写真5はギンザメの卵と親です。かなり細長い卵で長さ約25cm、ネコザメの卵同様、4隅の突起物はありません。ギンザメの親は全長約110cmです。

 このようにサメの種類によって卵の形や大きさなどがかなりちがっています。
 当館で生まれた8種類の卵のうち、ナヌカザメ・ヤモリザメ・イモリザメ・ニホンヤモリザメ・トラザメは産卵からふ化まで確認することができています。
 さて、それでは産卵された卵から子ザメがふ化するまでにいったいどのくらいの日数がかかると思いますか?種類や水温などによって多少違ってきますが、だいたい250〜380日、ほぼ1年間かかるのです。写真6〜10は当館で産卵されたヤモリザメの卵がふ化するまでを観察したものです。
産卵直後

 写真6は産卵直後の卵です。
産卵後43日

 写真7は産卵後43日の卵です。全長約9mmの子ザメ(矢印)を卵内にみることができます。
産卵後83日

 写真8は産卵後83日の卵です。子ザメは全長約27mmになり、えらがはっきりと確認できます。
産卵後241日

 写真9は産卵後241日の卵です。子ザメは全長約10cmになり、親と同じ模様となっています。
産卵後310日

 写真10は産卵後310日目にふ化した子ザメといままで入っていた卵です。
 ふ化した子ザメは全長約12cmで、腹部には卵のう(卵の黄身)がまだ少し付いています。それはふ化後22日たってようやくあとかたもなくなります。
 しっかりとした卵のなかで成長して、ほとんど親と同じ形でふ化し、餌も親と同じものをすぐに食べはじめます。だから、ふ化後の飼育はそれほどむずかしいものではありません。
 しかし、ふ化までの約1年という長期間、卵をよく観察していないと、卵の中で成長途中の子ザメが死んでしまうことがあります。そんな卵に気付かないでいるとくさってしまい、水槽にいっしょに入っている他の卵もだめになってしまうこともあります。むしろ、卵を1年間じょうずに飼育することのほうがむずかしいくらいです。
 最近ではサメの卵の飼育を趣味にして、それをふ化するまで大切に育てている人もいるようです。先日も卵から育てたイヌザメを当館にいただいたばかりです。
 みなさんも、約1年かけて、卵の中で子ザメが成長していく様子をじっくり観察してみませんか?


『海のはくぶつかん』Vol.25, No.1, p.4〜5 (所属・肩書は発行当時のもの)
  ふなお たかし:学芸文化室水族課

最終更新日:1996-08-18(日)
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