■『海のはくぶつかん』1994年9月号
「西表島の砂浜にすむ巻貝」
ネジマガキガイはなぜ集まるのか?
上野 信平
砂浜にいる貝といえば、まず二枚貝を想像すると思います。しかし、砂浜には種類こそ多くはありませんが巻貝もいます。どんな巻貝がいるのか思い浮かべてみて下さい。おそらく皆さんの近くの海にも砂浜であれば二枚貝に穴をあけて食べるツメタガイやその他の巻貝が住んでいることでしょう。熱帯や亜熱帯地方の砂浜には、ツメタガイの仲間もいますが、その他に美しいフデガイやマクラガイ、今回お話するネジマガキガイなどがいます。ネジマガキガイは熱帯を代表するスイショウガイ科に属する巻貝の一種です。
今回はイリオモテヤマネコで有名な沖縄の西表島の網取湾という所で調べたネジマガキガイについてのお話です。この貝は大きさが4cm足らずの小さな巻貝で、砂浜の波打ちぎわ近くに住んでいますが、あまり深い方にはいません。そして、5月頃になると特に数が増え目につくようになります。どうも集まって来るらしいのですが、なぜ集まるのだろう?と思い調べ始めました。
どんな貝?
砂浜に降りてネジマガキガイを手にとりよく観察すると、殻の口が白から橙色のものと、紫色のものの2タイプがいることがわかりました(表紙参照)。そこで小さなものから大きなものまでいろいろ集めました。全部で123個体ありました。これらを、まだおとなになっていない未成貝と、おとなになった成貝に分けて殻の長さと幅の関係についても調べました。
その結果、色の他に違いはないことがわかりました。つまりネジマガキガイは成長するにしたがって殻口の色が変化するわけではなく、殻の色が違っても同じ種類であることになります。また、どちらの色のものも産卵することから、雄と雌の違いでもないことがわかりました。そこで、色によって区別はしないことにしました。
どこにいるのだろう
砂浜の波打ちぎわに沿って、100m×15mの範囲をロ−プで囲いました。この囲いのなかにネジマガキガイが何個いるのか調べました。同じ個体を何度も数えないように殻の背中に番号を彫刻して区別しました。このように準備して、1991年5月から1992年8月まで毎月7日間づつ調査しました。
そうすると、最も岸よりが圧倒的に多く、沖側が最も少ないことがわかりました。これは1991年も1992年も同じでしたので、おそらく毎年そうなのだと思います。なぜそうなるのか、囲いのなかの砂粒の大きさを計ってみました。しかしどこも砂粒は約1.6mmでほとんど違いはなかったので、砂粒の大きさが原因ではなさそうです。はっきりしたことは、わかりませんでしたが、海が一番引く大潮のときには干上がってしまう所に一番多いということは驚きでした。
いつ、どのくらい動くのだろう
ネジマガキガイが集まってくるときには、当然砂の上を動いてくるわけです。それなら、この巻貝は、いつ動き、どのくらい動けるのでしょう。一度捕まえた貝を元いた場所に放してから、24時間そのままにしておき、それから、昼も夜も1時間ごとに24時間調べました。
いつ動くのかということについては、昼と夜では夜によく動くこと、また小潮、中潮、大潮の日のなかでは、大潮の日によく動きました。ただし、大潮の日には干潮になると昼でもよく動くことがわかりました(図1)。これは成貝でも未成貝でもたいした違いはみられずほとんど同じです。
どのくらい動くかという点については、1時間ごとの距離を合計しますと、24時間では最大で420cmも動いた個体もいましたが、全体としては60cm以下の個体がほとんどでした。ただし大潮の日には移動距離が長くなるようです。
なぜ集まるのか?
囲いのなかのネジマガキガイの数は一年中同じかというと、そうではありません。3、4月からしだいに増えてきて5月に最高になります。その後6月に急に減り、7、8月はさらに減って翌年の3月頃までは少ないままです(図2)。
どうしてネジマガキガイの数が増えたり減ったりするのでしょう。まず、増える原因ですが、よく調べてみますと、数の多い時期、すなわち3〜5月は雄と雌が交尾したり、雌は産卵したりすることがわかりました。そうです、この時期はネジマガキガイの産卵期で、波打ちぎわが、交尾や産卵の場所だったのです。そのため雄と雌が周りから集まってきて数が増えていたのです。卵はカンテン質のリボンのなかに7万個ほど産み付けられていました。そして周りには砂粒がたくさん付いていて、よほど注意して見ないと砂粒と区別がつかないくらいです。
それでは6月から数が減るのはなぜでしょう。産卵の後、他へ移動するからと皆さんは考えるかもしれません。もちろんそういう個体もいますがごくわずかで、囲いのなかにいた241個体のうちのたった9個体です。それではどうして減るのでしょう。実は大部分の個体は他の生物に食べられてしまうからなのです。その数はなんと6ヶ月間で176個体にもなることがわかりました(図3)。
考えてみれば皮肉なことです。たしかに集まることは雄と雌が交尾しなければ産卵できないネジマガキガイにとって必要であり、能率のよいことです。そのために集まるのでしょう。しかし、一方で集まることが、まとめて食べられてしまう原因にもなるのですから。
ネジマガキガイも何もしないで食べられているばかりではありません。先にお話ししたように、殻を割って食べる、あごの強い魚類が活動する昼間はほとんど動かず、それらの魚類が寝た夜に動きます。ただし、大潮のときは潮が大きく引き、魚類が近くに寄ってこれないので昼間でも活動するわけです。
生き残るための工夫は他にもあります。それは新しく生まれてくる子供たちがたくさんいることです。一匹の雌が7万個も卵を生むのですから。それも生まれた子供はしばらくの間海にただようことであちこちに散らばることができるので、少しくらい食べられてもどこかで生き残れます。ネジマガキガイの卵が砂粒にまみれて見つかりにくいことも生き残るために役立っていると思われます。そしてその子供たちの成長は速く、生まれてから約2年で卵を生みます。
きびしい自然のなかで小さな巻貝が生き残るのはなかなか大変ですが、うまくいくようにもなっているのです。
『海のはくぶつかん』Vol.24, No.5, p.2〜3 (所属・肩書は発行当時のもの)
うえの しんぺい:東海大学海洋学部教授
最終更新日:1996-09-09(月)
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東海大学社会教育センター
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