■『海のはくぶつかん』1994年7月号

クロダイ
― その釣りと面白い性変換現象 ―

小林 弘治 

クロダイ釣り

 当館は駿河湾の三保半島先端にあり、隣に清水港があります。清水港を含む周辺海域は,マアジ・イサキ・シロギス・アマダイ・タチウオ・マダイ・クロダイ・ブリ(イナダ)およびマダコなどの釣り場となっています。そのうちクロダイは、清水における釣り対象種の代表的な魚で、港の岸壁の至る所や周辺の離岸堤付近では、周年クロダイ釣りの姿がみられます。なかには県外からクロダイを狙って訪れる人も少なくありません。
 清水でクロダイは、主に「ダンゴ釣り」と呼ばれる方法で釣られます。この「ダンゴ釣り」は、餌のモエビやオキアミを釣り針に掛け、次にオカラ・魚粉・麦およびサナギ粉などを混ぜた物で、餌となるエビを団子(直径4〜5cm)状に包み込み、餌の入った団子を海面からドボーンと投げ入れるのです。団子は海底に達する間に次第にほぐれて、まき餌の役目と濁りを作るのです。つまり「ダンゴ釣り」は、クロダイが濁りを好む習性を活用しておびき寄せ、釣り針に付けた好物のエビに喰い付かせる仕組みで釣ろうと言う訳なのです。
写真1. ダンゴ釣りの風景
 「ダンゴ釣り」は主に小舟に乗って行われ、港の周りには平日でも多数の釣り船が出て賑っています(写真1)。さらに釣り船には、事前に注文していた丼ものなどの食事が配達され、船上で食べられるようになっています。
 クロダイの釣り方には、上記「ダンゴ釣り」の他にエビなどの餌を海底近くに漂わせる「浮きフカセ釣り」、ユムシなどを餌にして海底に投入する「ぶっ込み釣り」、およびこれらの釣り方を変形させた方法等があります。

クロダイの性変化

 動物の性、つまり雌なるか雄になるかは一般に遺伝的に決まっており、受精の瞬間に性が決定します。その結果、雌は卵巣を持ち、雄は精巣を持つのです。魚も基本的に同じです。しかし、クロダイなどのタイ科の魚類には、一生のうちで性を途中から変えるという面白い現象が見られる種があります。つまり雌雄同体なのです。このような雌雄同体の魚は、他にベラ科などのグル−プの魚でも知られています。
 クロダイに性変化が見られることは、1936年に日本で発見されました。クロダイは初め雄で、成長すると雌へと性が変わるとされています。つまり精巣が先に成熟して雄としての性機能を果たし、後に卵巣が成熟して雌としての性機能を果たすのです。これを雄性先熟の性変化(雌雄同体現象)と呼びます。ただし、クロダイは子供の頃より精巣と卵巣の両方を備えた両性生殖巣を持っているとされています。
写真2.
 最近ある目的があって、クロダイの性変化の様子を調べることになりました。しかし、大小さまざまなサイズの新鮮なクロダイを、比較的多数入手することは意外に難しいので思案しました。ある大きさ以上のクロダイを入手には、釣りによる方法が最も適当です。でもクロダイを釣るのは、簡単でなく熟練も必要です。そこで思いついたのが、前記の清水港でのダンゴ釣りです。そのため釣り場にしばしば出かけて、釣り人に理由を話して協力をお願いしました。釣りたての新鮮なクロダイの内蔵うち、生殖巣の部分(写真2)だけを貰い、顕微鏡標本を作る固定液に浸し準備をしました。  こうして標本は徐々に集まりましたので、実際にクロダイの生殖巣を顕微鏡で調べてみました。その結果、性変化現象について今までに分からなった点などが明らかになりました。そこで、今回はクロダイの生殖巣ができる過程や性変化の様子のあらましを紹介します。
写真3,4,5,6
 調べたクロダイの内で小型の全長 4〜6cmの魚は、小さな生殖巣が鰾の下側に左右1対あって吊り下がっており、左右の生殖巣は共に上方で2つに分かれ、円形の血管(矢印)がみられました(写真3)。しかし精子や卵ができる元になる生殖細胞はまったく見つかりませんでした。したがって、この大きさではまだ性の分化が見られないことになります。体の成長に伴って、生殖巣は2つに分かれた部分のうち内側の長い方が伸び、全長9〜12cmに達すると下方の部分が湾曲して伸び、今にも上方の部分とくっつきそうなっていました(写真4矢印)。その内側を拡大してみると、卵ができるもととなる小さな雌の生殖細胞が小数ありました。下方のふくらんだ所は精巣ができる部位です。
 クロダイはこのような過程を経て、精巣部で取り囲まれた空所が中央部にでき、その内縁部が小型の卵を持った初期の卵巣となるのです。つまり精巣と卵巣の両方を持つ両性生殖巣が作られたのです(写真5)。生殖巣は、次第に下方の精巣部が大きくなり精子を作り、雄として精巣が機能を果たせるようになります(写真6)。雄の性機能を果たした後には、精巣部は次第に縮小して卵巣部が拡張し発達します。そして、次年の産卵期に雌の性機能を果たすようになり,精巣部は消失します(写真7)。しかしクロダイの一部には、一生雄のままで大型の精巣部を持ち、雌の機能を果たさない魚もいるようです。
写真7.
 クロダイやコチの仲間を料理する時は、卵巣と精巣がついている様子を肉眼でも見ることができますので、注意して観察して下さい。


『海のはくぶつかん』Vol.24, No.4, p.4〜5 (所属・肩書は発行当時のもの)
  こばやし こうじ:学芸文化室水族課

最終更新日:1996-10-12(土)
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     東海大学社会教育センター
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