■『海のはくぶつかん』1994年7月号
ガンガゼカクレエビの生活史
毎原 泰彦
海の中には様々な生物が住んでいますが、中でもクマノミとイソギンチャクなどのように、異なる生物同士がいっしょに住んでいる例はわりと多く知られています。皆さんはガンガゼと言う名前のウニを知っていますか?長いトゲがあって、誤って刺されたりしたら大変です。トゲは刺さると抜けにくく、折れやすいのです。
私たちが潜水研究を行っている静岡県沼津市内浦江梨の水深2〜10mの海底には直径1mほどの石がころがり、そこには多くのガンガゼが住んでいます。潜水してガンガゼをよく見ていると、トゲが途中で少し太くなって、時々その部分が動いているのに気がつきます(写真1)。
さらに目をこらしてよく見ると、小さなエビが頭をウニの殻の方に向けた姿勢でトゲに付いているのが分かります。このエビがガンガゼのトゲを住み場所にしているガンガゼカクレエビです。このエビは小さいうえにガンガゼと同じ体色をしており、体形もガンガゼのトゲに似て細長いので、海の中で見つけ出すのはなかなか大変です。このエビはインド洋・西太平洋に広く分布し、ガンガゼなどのウニを宿主としており、日本では沖縄沿岸から知られていました。しかし、駿河湾からは現在まで知られず、その生態についてもほとんど知られていませんでした。
そこで私たちはこのエビの生態を毎月の潜水観察と採集で調べてみることにしました。
繁殖期
このエビの卵は楕円形をしており、はじめのうちその大きさは0.5mm×0.4mmですが、外から卵の中の眼が透けて見える発眼卵では0.6mm×0.4mmとわずかですが成長します。親エビが1回に抱える卵数は平均170粒ほどで、エビが大きければ大きいほど、多数の卵を抱える傾向があります。
また卵を持っているエビは6〜11月に現れますので、この6ヶ月間が繁殖期のようです。採集された全ての雌に対する卵を持つエビの割合(抱卵率)は8〜9月には90%以上になるので、繁殖が最も盛んなのは8〜9月であろうと考えられ、この時期には1尾の雌が抱える卵の数も増えるようです(図1)。
成長と寿命
それでは繁殖期に生まれた稚エビ達はどのような一生を送るのでしょう。繁殖期の8月に初めて性別のはっきりしない稚エビが現れます。これらの稚エビは9〜10月にもつづいて出現し、成長するにしたがって雌雄の区別がつくようになります。
繁殖期に生まれ夏〜秋の高水温期に成長したこれらのエビ達も12月から翌年の3月までは低水温のために成長は一時止まりますが、3〜9月にかけて再び成長をつづけ、この時も前年同様雌が雄を上回って成長するため、大きい雌と小さい雄がはっきりと区別できるようになります。
6月から11月までの6ヶ月間が先ほどお話ししたようにこのエビの繁殖期間です。9〜10月には卵を抱いた大きな雌以外に、それまでの繁殖期間(6〜8月)に現れたことのない小さな雌が現れます。これらの小さな雌は繁殖期の初めごろに生まれ、水温の高い夏に急成長した雌の一部と考えられます。つまり、生まれた年にもう成熟して繁殖に参加する小数のエビがいることが分かりました。したがって、繁殖期のエビは前年生まれのエビが大多数を占め、それに小数の当年生まれのエビの2世代で成り立っていることになります。10〜11月には大きな個体の成長は止まり、数も少なくなってしまいます。これは冬に向かって死んでいくエビが次第に増えるのが原因と考えられます。ほとんどの個体は生まれた翌年の12月までには死んでしまいます。しかし、翌年の1〜2月まで生きている少数の個体がいることも分かりました。少数のエビが生後2年目まで生き残る、このエビの寿命は雌雄とも満1〜1年半程度ではないかと思われます(図2)。
このエビでは雌が雄より大きくなることはお話ししましたが、どのくらい大きさに差があるかと言うと、雌は最大で体長23mmほどになるのに対し、雄は最大でも体長15mmまでしか成長しません。
食性
ガンガゼカクレエビが何を食べているか、40尾の胃内容物を調べてみました。その結果、胃の中からガンガゼのトゲの外皮と同じ黒紫色の粘液物質が見つかりました。これを顕微鏡で見ると、ガンガゼのトゲの一部が認められました(写真2)。胃からトゲの一部が見つかった標本は全部で38尾(95%)でした。これでこのエビがガンガゼをかくれ場所としてだけでなく、えさともしていることが分かりました。
このように、自分の宿主をえさとしても利用している甲殻類はラッパウニなどに着生しているゼブラガニがあります。では、宿主のガンガゼはこのエビから何か利益を得ているのかどうかという疑問がわいてきます。しかし、現在までのところ、宿主がエビの着生によって利益を得ている事実は見つかっていません。水槽の中でガンガゼを飼って、多数のエビを着生させると、ガンガゼが盛んにトゲを振るのが見られます。これは自分に害しか与えない寄生者であるエビを振り払おうとするガンガゼの精一杯の抵抗なのかもしれません。
詳しくは、毎原泰彦・鈴木克美(1993):駿河湾沿岸のガンガゼ類に着生するガンガゼカクレエビの生態. 東海大学海洋研究所研究報告,14,71-81.をご覧下さい。
『海のはくぶつかん』Vol.24, No.4, p.2〜3 (所属・肩書は発行当時のもの)
まいはら やすひこ:学芸文化室水族課
最終更新日:1996-10-12(土)
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東海大学社会教育センター
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