■『海のはくぶつかん』1994年5月号

これでもアオブダイ??

岸本 浩和・舟尾 隆 

 魚には一生のうちに性(雄と雌の関係)が変わる種類がたくさんあって、本誌でもたびたび取り上げられています。例えばサクラダイ(Vol.4,No.4)、カミナリベラ(Vol.5,No.2)、タテジマヤッコとトサヤッコ(Vol.9,No.6)、ヤイトヤッコ(Vol.12,No.4)、イラ(Vol.23,No.3)などで、それらの多くは雌と雄とで体色が異なるので、外見でも性が変化したことを知ることができます。ところがベラやブダイの仲間には、同じ種の雄でも生まれながらの雄(一次雄)と雌から性変換した後に現れる雄(二次雄)の二通りが同時に存在するという、非常に複雑な性の現れ方をする種類があります。
 さて、前々号で紹介されたアオブダイですが、この種の生きているときの若魚の体色は褐色がかった青緑色で、白い斑点を持っています(本誌Vol.4,No.6)。成長するとおでこに大きな瘤ができるという特徴があるものの、体色はほとんど青緑色一色になってしまうだけで(図1)、特に雌と雄に違いがあることは知られていません。しかし、昨年10月に鹿児島から入った瘤のあるアオブダイと思われるものには、鰭や肩の付近がオレンジ色をした実に派手な個体(図2)が含まれていました。いったいこの派手な魚はアオブダイなのかそれとも新種なのか?調べてみることにしました。
図1.、図2.
 かつて世界のブダイ科魚類を研究されたアメリカのシュルツ博士は、さすがにこの魚の存在をご存知でした。海洋探検船アルバトロス号によって採集された魚の数々がすばらしいカラースケッチとして残されていて、その中に今回の派手なブダイとそっくりの図がありました。なんと博士はフィリピン近海産のそれにも日本産のアオブダイと同じ学名を付けられていたのです。この図のもとになる標本の行方は分からなくなっており、はっきりとした大きさは分かりません。しかし、おでこの出っぱり具合いから、私たちが見た個体よりは明らかに大きいものと想像されます。その後同じ魚がとれて確かに標本として保管されているという情報はないので、こんな派手なアオブダイの存在を知る人はほとんどいないはずです。
図3. 下咽頭歯  鹿児島からはるばる当館にやってきた11尾のうち、不幸にも死んでしまった派手な方の1尾の形態を詳しく検査しました。その結果、咽頭歯の形(図3)、背鰭より前方の中央に並ぶ鱗の数、眼の下に並ぶ鱗(頬部鱗)の数、あるいは胸鰭の軟条数などどれを取っても確かにアオブダイと同じでした。同一種となると雄と雌の間ではなはだしく色彩が異なるものとしか考えられません。そこで、古い標本も引っ張り出してきて両方の型の生殖巣を検査しました。結果は下の表の通りでした。
全長(cm) 色彩 おでこの瘤 生殖腺
1. 25 一様に青緑色 なし
2. 31 一様に青緑色 なし
3. 68 一様に青緑色 あり 一次雄
(生まれながら雄)
4. 70 一様に青緑色 あり 二次雄
(性変換後の雄)
5. 61 派手な橙色斑 あり 二次雄
(性変換後の雄)
 つまり,ほぼ一様に青緑色したものだけ見ると、1と2の小さな個体は雌でした。大きな個体の一方(3)は生まれながら雄として成長してきた一次雄と判定され、もう一方(4)は雌が繁殖を終えた後で性変換した二次雄と判断されました。このように一次と二次の雄が同時に存在するということは、ブダイ科魚類としては至極当然のことのようですが、雄の色模様が特に変化しないとするとブダイ類としては変わりものということになります。しかし、この上さらに派手な雄らしい模様をした雄(5)がいて、それが雌から性変換した二次雄であったということはどう考えたらいいのでしょう?
 ブダイ類は普通一次雄にしろ二次雄にしろ、最終的には派手な色に変わります。だから、雌や初期の雄が示す地味な体色の型よりも、雄しか現れない派手な型の最大体長は大きくなるはずです。ところがこのアオブダイは、採集してくださった漁師さんの話によると、派手な方は大きくても全長70cmくらいまでで、青緑色のものはもっと大きくて、記録的には90cmもあったそうです。つまり、80cmや90cmにもなる青緑色の雄が最終的に派手な型に体色変化する時に、体が縮まるなどとは考えられません。そこで図4に示したように、アオブダイ1種の一次雄と二次雄それぞれに、体色が著しく派手な色彩に変化するがあまり大きくならないものと、生涯青緑色のままでいて、より大きく成長するものとがあって、あわせて4型が同時に存在するとは考えられないでしょうか?
図4. アオブダイ(?)の性と体色の関係
 この考えに無理があるとすると、「やはり別種ではないのか?」との疑問にもどってくるのですが、『さかな大図鑑』のなかで高松史朗さんがアオブダイ1種としてさまざまな写真を揚げておられるのをみると、私たちと意見の違いはなさそうです。この本では雌雄についてはふれられていませんが、白浜産の若魚とされたものが青味が少ないものの、小型で派手な型に見受けられるので多分一次雄でしょう。男女群島産の二個体はずっと大きそうで、下の方の写真個体はその眼でみれば色が変化しつつある状態がよみとれるので、二次雄と想像されます。
 もし、このようなことが事実だとすれば、魚の性の問題がますます複雑であることをうかがわせるのですが、何しろ魚が大きく、高価に取り引きされる魚なので研究もままなりません。何時か、誰かが解決してくださることを期待します。


『海のはくぶつかん』Vol.24, No.3, p.4〜5 (所属・肩書は発行当時のもの)
  きしもと ひろかず:東海大学海洋研究所助教授
  ふなお たかし:学芸文化室水族課

最終更新日:1997-03-05(水)
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