1.ミズウオ
この魚の背鰭は、大きくそのほとんどが背の全体をおおっています。大きな口と眼、歯は鋭く、しかも体が軟らかくて、名前のようにそのほとんどが水分であるため、乾燥すると骨と皮だけになってしまいます。深海魚として知られ、世界の大洋に広く分布し、外洋では普通100〜1000mの深さに生息し、成長すると体長2mくらいになります。日本近海で獲れるのは、体長50〜120cmで多くは1m前後です。
この魚は、駿河湾奥部の沼津の内浦や三保周辺では生きたままほとんど1尾づつ海岸に打ち上がります。特に三保海岸では年によって多少のずれはありますが、毎年12月頃より翌年5月頃までの時期に打ち上がります。
また、この魚は大食いの肉食性魚類としても知られ、魚類、イカ類、エビ類、原索動物などと共に海中に漂っているゴミなどのような無生物まで捕食するという習性があります。近年、胃袋内からプラスチック製品が発見される個体が多くなりました。これはプラスチック製品による海洋汚染が進んでいるということを裏付けています。
ところで、三保の海岸に本種が打ち上がるのは、第一に地形と関係があります。つまり水深200m以上の海底が、海溝に続いて岸近くにせまる海岸付近にミズウオの打ち上げが多いのです。本種は、湾内では水深150m付近を泳いでいます。とくに、羽衣の松付近や清水燈台の東側の海岸が、そのような条件を満たしています。そして第二には、風の方向です。風が陸から沖合に吹いていることが重要な条件です。これは沖に向けての吹送流によって下層からの上昇流ができ、これに乗ってミズウオは深所から上昇してくるのです(写真1)。 さて、1964年から1993年までの永い間に私が採集した海岸への打ち上げミズウオの数は、約400尾です。これらの標本は対流期にあたる低水温の冬季に得たものです。湾内に進入してくるミズウオの数は年によって差があり、多い年では一冬で60尾も採集することができました。そういうわけで、特定の気象条件の時に特定の海岸を散策すれば、ミズウオが深海から陸に向かって人間とは逆に身投げする機会に出会うことになるのです。このような時というのは、天気図の中で中国大陸か朝鮮半島のどこかが雨(●)の時です。その後2、3日してこの地方へ低気圧が進んできて雨が降ることが多いのです。
2.オキアミ類の一種
オキアミ類は、両極海を含む世界中の海に広く生息する10〜30mmの甲殻類プランクトンで、その体形はエビに似ています。世界の海から80〜90種知られ、この一種にEuphausia similis(ユウファウジア シミリス)という体長22〜26mmの種類がいます。次はその種の大量打ち上げのお話です。本種は、日本近海、南太平洋、インド洋、南大西洋などに広く分布し、駿河湾には一年中優占的に生息しています。そして夜間には表層近くまで上昇して、夜明けには再び下降するという鉛直移動を行っています。
数年前の2月15日(1988年)、2月3日(1989年)、2月10日(1991年)、つまりほとんど同じ時期に限って、三保の海岸に本種の群が打ち上げられたことがありました。このうち、とくに1988年の打ち上げは駒越の海岸数kmにわたって波打ち際がピンク色に染まり、近所の農家や子供達が網を持ち出してすくったというほどでした(写真2、3)。この海岸の沖の200m等深線は、羽衣の松付近の海岸よりもかなり遠く岸から相当離れています。
このように単に打ち上げ生物といっても異なったタイプのあることがお分かりと思います。最近三保海岸もその西方から海岸侵食のため、テトラポットで埋め尽くされて来て、名勝羽衣の松と富士山の風景は味気無いものとなるだけでなく、この海岸での打ち上げ生物の採集もできなくなってしまいます.富士の見える日本一の海岸を、テトラポットの見えるだけの海岸にはしたくないものです。(オキアミの2枚の写真は、いずれも元遠洋水産研究所小牧勇蔵博士の提供である)
『海のはくぶつかん』Vol.24, No.3, p.2〜3 (所属・肩書は発行当時のもの)