■『海のはくぶつかん』1994年1月号

フグ毒って何だろう?
―生物に興味のある生徒諸君へ―

齊藤 俊郎 

■ フグ毒って何だ?
 「そんなのあったりまえじゃん。フグの持ってる毒でしょう。」と、もし君が答えたら、「ブー」である。30年前なら全くの正解なのだが、今は随分と違うのである。「エーッ!何で」と思った人はこれからの話を読んでいってくれたまえ。
 桃から生まれた桃太郎ではないが、フグ毒はそもそもフグが持っている毒だから”フグ毒”と呼ばれている。確かに、その通りである。
 ところでフグを食べて、もしこの毒に当っちゃったらどうなるかというと、最初に唇が痺れ出し、それが手足にも及び、やがて体が麻痺して立つことも話すこともできなくなり、遂には呼吸ができなくなり死亡するという恐ろしい結果となってしまうのである。それ故、昔から『フグは食いたし、命は惜しし』と言われるのである。

■ フグでなくてもフグ毒?
写真1.  ところが最近、フグ以外の生物からフグ毒が続々と見つかるから話はややこしくなってきている。「ヘーッ、どんな生物から見つかってるの」と思ったね、君。よろしい、お答えしましょう。分かり易いように発見された順番で述べてゆくことにしよう。フグ以外の生物から初めてフグ毒が見つかったのは、なんとタリカ・トロサというカリフォルニア産のイモリからである。これは、今から30年ほど前のことであった。続いて、1973年ツムギハゼというハゼ(写真1.)からフグ毒が見つかったのである。このハゼは、九州より南の島々にすんでおり、西表島では昔、この魚を干して畑にまき、野ネズミ退治に使ったということである。その2年後、中米コスタリカ産のカエルからも発見されるのである。この3年後、今度はヒョウモンダコという小さなタコからフグ毒が検出された。このタコは、体表に動物のヒョウのようなリング模様を持ち、興奮するとこれがブルーに光るのである。「きれいだなぁ」などと触っていてプツリと噛みつかれ、死んだ人もいるそうである。この発見の後、フグ毒を持つ生物が続々と見つかり出すのである。まさに、フグ毒ラッシュである。

■ 研究の始まり
 そのきっかけとなったのは、年の瀬も押し迫った1979年の12月、清水市駒越のある料理店で一人の男の人がフグ中毒特有の症状に陥ったことからである。幸い、一命はとりとめたのであるが、その人が食べていた生物を調べてみると、まさにフグ毒が検出されたのである。その生物は、三保半島付近で捕られたボウシュウボラ(写真2.)という巻貝であった。フグ毒は、この巻貝の中腸腺と呼ばれる部位に蓄積されていたのである。

写真2. 写真3. 写真4.
 そこで、研究者たちが全国各地からボウシュウボラを取り寄せて調べたところ、その多くからフグ毒を検出したのである。さらに、ボウシュウボラを解剖し、フグ毒の存在を調べてゆくうちに、この巻貝の消化管からヒトデが多く出てくることも分かってきた。
 そのヒトデは、トゲモミジガイ(写真3.)と呼ばれる種類で、本種を採取して調べてみるとやはりフグ毒が見つかるのである。
 続いては、スベスベマンジュウガニというカニである。「おいしそうな名前だな」などと思ってはいけない。このカニにも、フグ毒があるのだ。
 こうして次々に、フグ毒を保有する生物が見つかってきたのである。アラレガイ(写真4.)のような海底の土中にいる小型巻貝、岩に付着しているヒラムシ、浅い海の底にいるヒモムシ、ウロコムシ等々もそうである。

■ フグ毒はどこから
 ここで、君は次の疑問を持つかもしれない。「なるほど、フグ以外にも多くの生物がフグ毒を持つことは分った。じゃあ、その生物達はどうやってフグ毒を持ったんだ。」である。この問題はそんなに難しくない。というのは、フグ毒保有生物が毒を持つに至る経路を考えた場合、大きな観点からすると二通りしかないからだ。自身が作るか、それとも体外から取り入れるか、である。もちろん、その両方というのも考えられる。
写真5.  結論から言うと、現在ではフグ毒保有生物は餌からフグ毒を取り入れ蓄積すると考えられている。その根拠となった一つに、養殖フグがある。
 養殖フグは、無毒の餌料のみで飼育されると毒化しないのである。しかし、少しでも餌にフグ毒を混ぜると、何に使うのかはっきりしていないのだが、毒化するのである。とにかく、毒は体外から入ってくる。
 では、生物界において最初にフグ毒を作る生物は何か。次にはこれが研究者の挑戦テーマになったのである。その生物とは、驚くなかれビブリオ属(写真5.)という海水中、海底の土中あるいはフグ毒保有生物の腸内にも生息している細菌であった。細菌がフグ毒を作っていたのである。

■ そして更なる疑問…
 以上、フグ毒がフグ以外の色々な生物から検出されていることをお話しした。「じゃあ、何でそれらの生物がフグ毒を持ったり、作ったりしているの。」そう君は聞くかもしれない。実をいうと、これが現在研究者の挑戦テーマの一つになっているのである。
 海洋には、解くべき多くの謎が君を待っている。頑張れ、未来の研究者。


『海のはくぶつかん』Vol.24, No.1, p.2〜3 (所属・肩書は発行当時のもの)
  さいとう としろう:東海大学海洋学部講師

最終更新日:1996-11-05(火)
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