■『海のはくぶつかん』1993年11月号

「海と魚の探究セミナー」
ラブカを解剖する

塩原 美敞 

 第2回目の海と魚の探究セミナーが8月12日から14日まで開かれました。このセミナーは一般の方を対象に、博物館を通して海や魚のことを少し掘り下げて知ってもらおうと、昨年から始めました。今年は「魚の不思議を見る」というちょっと思わせ振りのテーマで、魚に関する内容を主体に進められました。



 さて、「魚の不思議を見る」では、明りの消えた夜の水族館での魚達はどうしているのだろうか、たとえば魚は寝ているのだろうか、発光魚は光を放っているのだろうかなど普段見ることのできない魚の習性を観察します。また少し専門的に、魚類の雌雄性について組織標本を顕微鏡でのぞきながら講義を受けたり、クマノミの繁殖方法とその飼育法や深海性サメのラブカの生殖様式などの解説を受けたりもします。


魚の雌雄性について生殖腺の組織標本を見ながら説明を受ける


夜の水族館見学
発光魚マツカサウオの発光器を観察する

 夜の水族館見学は体験を、講義や解説では知識の掘り下げを目的としました。今回は、その中からラブカの生殖様式について解説した内容と受講生の反応をご紹介します。
このセミナーでは雌雄各1個体の標本のラブカを用意しました。実験台の上のラブカを見て、一度見たかったという人がいたり、恐ろしげな顔に後づさりする人もいて反応は様々でしたが、これでもサメですかという人が多かったようです。つまりラブカはテレビや映画にでてくる一般のサメのイメージとはずいぶん違って見えるようです。
 まず、ラブカがほかのサメとどのような外見上の違いがあるのか説明を始めました。サメらしいスマートな形をした外洋性のメジロザメ科の一種とくらべてみると、体の形、口のついている場所、歯の形などが異なることがわかります。
 また、並べた2尾のラブカの外部形態も少し違っています。1尾は大きくて、お腹がボテッとしています。小さい方は細身で、しかも腹鰭のところに長い突起が見られます。実は、大きい方が雌、小さい方が雄です。

ラブカの解剖
解剖を見学しながら説明を受ける

 それでは解剖してみましょう。まず大きい雌の方からです。お腹を開くと灰色の大きな臓器がまず目につきます。肝臓です。深海に棲むサメの仲間は特に肝臓が大きく、ラブカも肝臓の占める割合が体重の18〜20%にもなります。左右の肝臓にはさまれるようにいろいろな器官が見られます。その中に大きく広がった子宮が見られます。この様子だと子宮の中に卵か胎仔があるはずです。切り開いてみると全長約25cmの1尾の胎仔が出てきました。残念なことに、腹部についている卵黄はつぶれてしまっています。

このような胎仔になるまでの過程は、概ね次の通りです。
 ラブカを含めたサメ・エイの仲間はすべて体内受精を行います。そのため雄は腹鰭の一部が変化した1対の交接器を持っています。ラブカもほかのサメと同様に、交接器を雌の体内に挿入して交尾を行い、精子を送り込みます。子宮内に入った精子は子宮をさかのぼり、卵殻腺という器官に留まります。一方、卵巣の中の卵は発達すると一度卵巣から出てお腹のすきまに落ちます。これを排卵といいます。この時の卵の大きさは直径8〜10cm、重さ200〜300gもあります。

ラブカの受精卵
(殻を通して胎仔が見えている)

 この卵は受卵孔という器官に受けとめられ精子の貯えられている卵殻腺に入ります。この時受精して半透明の黄金色の殻に包まれた後、子宮に入り、そこで落ち着き胚が発生していくのです。胚は発生が進み、やがて胎仔となります。胎仔が殻の中にいるのは全長10cmぐらいまでですが、殻から出た後も卵黄から栄養をとり成長します。先ほどの胎仔もこのように成長してきたのです。セミナーでの標本からは1尾の胎仔が出てきただけでしたが、この胎仔が2年以上も母親の体内にいて、全長60cm位になってから産み出されるとの話に受講生は皆驚いていました。

母体内で成長した胎仔


ラブカの雄の交接器

 今度は雄を解剖してみます。大きな肝臓は雌と同じですが、その内側には胃と腸が目につく程度で、雌に比べて外見的には単純に見えます。精巣はお腹の前方にあって肝臓をどけないと見えません。発達していますが全長で10cm、太さ15mm程度のものです。ここでつくられた精子は、副精巣という器官で分泌物と混じって精液となって輸精管を通り、交接器に近い貯精のうへ送られ貯えられます。雄は交尾の際交接器を雌の体内に挿入します。その時交接器についているポンプのような役割をする器官が働き精子を子宮内に送り込むのです。無駄のない機能的な働きをする生殖器官の仕組みに皆さん感心していました。
 ラブカの生殖様式は、他のサメと比べて大きな違いはありません。しかし、古い形質を残した珍しいサメの解剖を見ることができて、受講生の皆さんは満足されたようでした。


『海のはくぶつかん』Vol.23, No.6, p.4〜5 (所属・肩書は発行当時のもの)
  しおばら よしひさ:学芸文化室水族課

最終更新日:1996-12-08(日)
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