■『海のはくぶつかん』1993年9月号

南の海からのお客さん

 舟尾 隆 

 わたしたちが潜水調査地点としている駿河湾内浦沿岸は、毎年夏から秋にかけてまるで南のサンゴ礁の海のように、カラフルな熱帯性海水魚が見られるようになります。もちろん1尾だけではなく、1種類だけでもありません。いろいろな場所でたくさんの種類の熱帯性海水魚を見かけるのです。駿河湾では普段見かけることのない魚たちで、この季節にだけ見ることができる種類がほとんどです。駿河湾が一番にぎやかな季節をむかえます。

トゲチョウチョウウオ


トノサマダイ


チョウハン

 サンゴ礁の海で遊泳するカラフルな熱帯性海水魚というと、すぐに思い浮かぶのはチョウチョウウオの仲間ではないでしょうか。駿河湾では、チョウチョウウオの仲間は約20種類が確認されています。その中には1年中見ることができるチョウチョウウオゲンロクダイシラコダイの3種類も含まれていますが、他の種類は夏から秋にかけての一時期しか見ることができません。トゲチョウチョウウオ、トノサマダイ、チョウハンなどがそうです。
 また、チョウチョウウオと同様に熱帯の海を代表するスズメダイの仲間では、イソギンチャクと共生することで有名なクマノミ、ミツボシクロスズメダイなどがいます。どちらの種類も調査地点に普通に見られるサンゴイソギンチャクと一緒にいるところを見ることができます。
 魚類の中で最も種類数が多いとされるハゼの仲間では、テッポウエビと共生することが知られているネジリンボウ、遊泳性のクロユリハゼなどが見られます。

クマノミ


クロユリハゼ

 このような南の海から来る魚はほとんどが稚魚・幼魚で、黒潮によって南から運ばれてきた魚たちです。多くは夏から秋に姿を現します。夏の駿河湾の浅い海は南の沖縄のように水温が高いので、南からやって来た熱帯性海水魚の子供たちも、生活することができるのです。
 当館では、そんな子供たちを採集して飼育することがあります。中には、ヒメテングハギ(写真A〜C)のように採集時は全長5cm足らずだったのが、15年間も飼育され、全長60cmにも成長するものもいます。このヒメテングハギは写真のように成長するにつれてひたいの「つの」が伸びてゆくことが確認されました。

A〜C:成長とともに伸びるヒメテングハギの「つの」

 また、シテンヤッコ(写真D、E)のように、成長につれて斑紋が変わっていく様子が観察された種類もいます。
 このシテンヤッコもそうなのですが、わたしたちが採集して飼育した魚の中には、駿河湾では初めて見つかったという種類(ネジリンボウ、ヤセアマダイなど)も少なくありません。

D,E:成長に伴うシテンヤッコの斑紋の変化

 夏から秋にかけて高かった水温も、冬に近づくにつれてだんだんと下がり、それに伴って熱帯性海水魚の子供たちも動きが不活発になってゆきます。真冬には水温は12℃前後まで下がり、多くの熱帯性海水魚の子供たちはこの寒さに耐えることができずに死んでしまいます。
 ところが、冬の水温があまり低くならなかった年には、ごく稀にですが冬を越すことができた魚たちもいます。
 わたしたちの調査地点でも、サンゴイソギンチャクの群落に住み着いたクマノミの幼魚が2度冬を越して完全な成魚にまで成長しました。でも残念ながら、3度目の冬を越すことはできなかったようで、その後姿を見ることはなくなりました。また、成魚まで成長できたクマノミは1尾だけだったので繁殖することもできませんでした。しかし、駿河湾で2度も冬を越すことができたのですから、このクマノミは駿河湾からあまり遠くない海が生まれ故郷だったのかも知れません。
 南の海からのお客さんたちは、稚魚・幼魚が多いので、カラフルな体色をしているとは言っても体は小さく、注意深く観察していなければ見つけることができません。体色の地味な魚ではなおさらのことです。今年も注意深く観察しているといままで見逃していた新しい魚たちを見つけることができるかも知れません。


『海のはくぶつかん』Vol.23, No.5, p.2〜3 (所属・肩書は発行当時のもの)
  ふなお たかし:学芸文化室水族課

最終更新日:1997-03-17(月)
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