■『海のはくぶつかん』1993年7月号

内海の磯の動物

小坂 昌也 

海岸の区分

 湾の奥は内海と呼ばれ、うねりや波も静かで、海水浴場のような砂浜や砂泥浜、干潟、磯の海岸がみられます。この中でも、磯では動物が岩上に固着や付着していたり、へばりつくようにして動き回る姿が目立ち、浜よりも動物の観察に適しています。
 下にある図を見てみましょう。1年のうち、満潮でも1回しか海水につからないような高いところ(最満潮線)から、干潮で1回だけ干上がる低いところ(最干潮線)までを潮間帯と呼び、潮の干満の状態から上、中、下の3つに分けられています。

 また潮間帯より高く、海水が波しぶきとしてかかる範囲を潮上帯と呼びます。
 海岸で生活する動物たちは、潮上帯ではいうまでもなく、潮間帯でも干潮時には干上がって空気中に露出するため、冬の寒さや夏の暑さや強い日射とはげしい乾燥にあい、ときには雨水をあびることもある厳しくて変化の大きな環境で生活しています。
 潮間帯での上下の潮位差は太平洋岸では 2m前後ですが、その環境差は大きく、高山の植物のように、それぞれの環境に適応した動物が上下に分れて生活する帯状分布がみられます。ここでは、駿河湾奥部の磯で観察できる動物の帯状分布の状態と代表種の生態をご紹介します。
 帯状分布の状態を最も個体数の多い種を代表として潮上帯、潮間帯の区別と関連させると、次の4つに分けることができます。

  1. 潮上帯  :タマキビ層
  2. 上部潮間帯:イワフジツボ層
  3. 中部潮間帯:タテジマフジツボ・シロスジフジツボ・マガキ層
  4. 下部潮間帯:ムラサキイガイ層

潮上帯の代表種

 岩の表面の小さなくぼみや割れ目の所に、殻の大きさ(殻高)が10mm程度の小さな巻貝が群生しています。これは大多数がタマキビガイで少数のウズラタマキビガイもみられます。
 タマキビ類は、乾燥・温度に対する抵抗力の大きな海産動物の代表者です。
 海水がなくなって乾燥する昼の干潮時には、体内の水分減少を防ぐために殻のふたを閉じ、体内から分泌した粘液で隙間のないようにつつんでほとんど動かず、さらに多数の個体が塊状に集まっています。ところが、海水を入れた容器にタマキビ類を入れると壁を上がって外へ出てしまう不思議な行動もみられます。
 そして満潮になって岩面がしぶきでぬれたり、夜露で湿ってくるとはい回るようになります。そのときに岩面に生育している顕微鏡的な大きさの藻類を歯舌で削りとって食べます。同時に岩までもわずかに削るため藻類が新たに付着しやすくなるようです。
 タマキビ類は、春から夏の満潮時に海中に入って卵を入れたふくろを産み出します。幼生はしばらくプランクトン生活をし、やがて稚貝となって磯での生活に入ります。

上部潮間帯の代表種

 潮間帯の上部には直径が数mmで、灰白色の固い石灰質の殻につつまれ、殻口(かっこう)に4枚の板のふたをもったイワフジツボが岩にびっしりと固着しています。
 フジツボ類の外形は貝類に似ていますが、エビ・カニと同じ甲殻類の仲間です。雌雄同体で同一個体が卵巣と精巣をもちますが、近くに固着する個体間で交尾して他家受精します。
 受精卵は親の体内で保育され、甲殻類の特徴的なノープリウス幼生となって海中に放出されます。その後プランクトン生活を送り、変態してシプリス幼生となってから磯へもどり、適当な場所を探して固着します。フジツボ類は死ぬまでその場所で固着生活を送り、殻内の体は脱皮によって大きくなります。
 イワフジツボは、干潮時にはふたを閉じ、動かずに乾燥に耐えています。潮が満ちてしぶきがかかるようになると、ふたを開き、剛毛をもった小さなひげのような左右6対の蔓脚(まんきゃく)で物をつかむような運動を始めます。こうして海水を体内に入れ、呼吸と同時にプランクトンやそれらの死骸を摂餌します。
 分布層の上部に固着したものは、下部のものにくらべ成長速度が遅く、小型ですが、死亡率は低く、寿命も1.5年と長くなります。海中で干上がらない状態では、1〜2ヵ月で死亡します。正常な生活のためには露出と水没の交代が必要です。

中部潮間帯の代表種

 ここには殻の直径が20mm前後になり、殻口がひし形のタテジマフジツボや、場所によっては殻口が五角形のシロスジフジツボが岩面をおおって固着しています。いずれもイワフジツボより成長速度が速く、固着面に対する競争では、イワフジツボより優位です。この2種とも個体間の隙間にはクログチガイが多数生息していることがあり、ほかの種に生息場を提供しています。
 フジツボ類に続いて二枚貝のマガキが左殻で岩や相互に固着している所もあります。そこでは、マガキを取り除くと、タテジマフジツボやシロスジフジツボの死骸がみられ、固着面をめぐる競争では、マガキが勝者になることがわかります。一方、マガキの殻上にはこの2種のフジツボが固着し、新たな固着面として利用しているので、競争によってフジツボ2種が一方的に不利になっていることはありません。

下部潮間帯の代表種

 ここでは殻の大きさが60mm前後になる黒色の二枚貝、ムラサキイガイが体内から分泌した繊維状の足糸(そくし)で岩面や互いにからみ合って塊状になって付着しています。ムラサキイガイはフジツボ類のように一度固着すると一生をそこで送るものとは違い、環境が悪くなると自身で足糸を切って移動します。ムラサキイガイは、日本では1935年に神戸港で発見された移入種ですが、その後、急速に分布域を拡大し、現在では北海道南部から九州までの内海に多数分布しています。
 この塊の中には小型のゴカイ類、貝類、エビ・カニ類、ヒモムシ類などの動物が生息しており、潮間帯の中でも動物の種類が一番多いところです。
 内海の磯の潮上帯や潮間帯の代表的な動物が、特殊な環境にどのように適応して生活しているか、その一端がおわかりいただけたのではないかと思います。


『海のはくぶつかん』Vol.23, No.4, p.2〜3 (所属・肩書は発行当時のもの)
  こさか まさや:東海大学海洋科学博物館館長

最終更新日:1997-03-17(月)
〒424 静岡県清水市三保 2389
     東海大学社会教育センター
        インターネット活用委員会