■『海のはくぶつかん』1993年3月号
海中に咲く花
大山 卓司
満開になった小さな花を写したようなこの写真は、海に棲むある生き物を拡大したものです。もちろん植物の「花」ではありません。一見植物のようなこの生き物、実は動物なのです。
クラゲやイソギンチャクと同じ刺胞動物というグループに含まれるウミトサカの仲間を写したもので、小さな花をよく見ると花弁のような物が8枚づつあるのが分かるはずです。ウミトサカは、刺胞動物の中でも八方サンゴ類というグループに属していて、ヤギの仲間と共にソフトコーラルと呼ばれています。
さて、植物の花はチョウやハチなど昆虫をひきつけて受粉させる、つまり、種子という新しい世代をつくるために咲いているのですが、海中の花たちは何のために“咲いている”のでしょうか?
それは、エサを捕るためです。この仲間は、海中を漂う小さなプランクトンや有機物を捕らえてエサとしているのです。
小さな花のように見えるのは、餌を捕らえるために開いているポリプです。イソギンチャクのような形をしたポリプの一つ一つが1個の生き物なのです。そして、このポリプが数を増やすことで、植物のような姿を形作っていきます。樹木が枝を伸ばすように大きく広がれば、エサを捕らえる機会も増えるわけです。
「美しい花にはトゲがある」といいますが、エサを捕るために開いているポリプには、特別な武器が備えられています。
8枚の花弁のように見える物はポリプの触手です。ここには刺胞というカプセル状の特殊な細胞がたくさんあります。エサとなるような生き物が触手に触れると、刺胞が反応して中空の糸(刺糸)を発射し相手に突き刺さります。そして、刺胞内の毒液を送り込んで生き物の動きを麻痺させてしまうのです。そして、触手を使ってポリプの中心にある口へと運ぶのです。
この仲間のほとんどの種類は岩などにしっかりと付着していて移動することができません。つまり、周囲の環境が変化してもエサを求めて条件の良いところへ引っ越しすることができないのです。彼らが成長していくためには、エサになるプランクトンがよく流れて来て、しかも、ほかの生き物に成長をじゃまされない場所を見つけることが必要になります。岩の上にはほかにもさまざまな生き物がひしめきあって生活しているのです。
樹木のように立体的に成長すれば、岩の上には付け根の部分が固着する場所さえあればいいわけですし、岩から離れた海中に向かって成長すれば、岩の上に付着して生活するほかの生き物にじゃまされることなく枝を大きく広げることができます。これなら、条件さえ良ければいくらでも大きく成長することができるはずです。
駿河湾の水深30m付近では、下の写真のような人の背丈よりも大きなウミトサカの仲間を見ることができます。何という種類で、ここまで成長するのにどのくらいの時間がかかるのか、詳しいことはよく分かっていません。
さて、彼らはどのようにして体を樹木のように伸ばしているのでしょうか?
ウミトサカの仲間は、体内に海水を吸入することで大きく伸び、海水を排出すると小さく縮むことができます。ですから、触ってみるとぶよぶよとした弾力のある感触がします。彼らは、海が穏やかなときには枝を一杯に伸ばしてエサを捕り、海が荒れているときには枝を縮めてすごします。
しかし、ただ水を吸って膨れているだけでは柔らかすぎてしっかりとした形が保てないはずです。実は、体内に骨片という細かい骨をたくさん持っていて体を補強しているのです。この骨片は、種類ごとに形や配列が決まっているのでこの仲間を分類をする上でのカギにもなります。
ウミトサカの仲間の伸び縮み
一方、ヤギの仲間には骨軸と呼ばれる石灰質や角質の心棒のような物があり、この上にポリプが付いています。骨軸は、木の枝のように硬くしなやかですから簡単には曲がったり折れたりしません。骨軸が樹状に伸びることでこの姿を形作っているので、ポリプが縮んでも形が大きく変わることはありません。
ヤギの仲間の伸び縮み
海の生き物というと、魚など動きのあるものばかりに目がいってしまいがちです。しかし、海の中では“動きまわらない動物”たちも多彩な生活を送っているのです。当館でもこれらのうち数種類を展示しています。この仲間は、水槽の中ではポリプを縮めてしまうことが多かったのですが、水流や餌などに工夫を凝らした結果、ようやくその美しい姿を見ていただけるようになりました。
『海のはくぶつかん』Vol.23, No.2, p.4〜5 (所属・肩書は発行当時のもの)
おおやま たくじ:学芸文化室水族課
最終更新日:1997-04-19(土)
〒424 静岡県清水市三保 2389
東海大学社会教育センター
インターネット活用委員会