■『海のはくぶつかん』1993年1月号

鯛中鯛

 岡 有作 

    早速ですがこの写真を見て下さい。▲

 全体の形は可愛らしい魚のようでもあります。大きさは左右で64mmです。ちょっと悲しそうで何か言いたいけれど黙っている、そんな表情にも見えるこれはなんでしょう。

 これは、マダイの骨の一部です。その表情、形が鯛に似ているところから「鯛の鯛」(タイのタイ)と呼ばれています。「鯛の鯛」は肩甲骨(写真左側)と烏口骨(同右側)の二つがつながってできています。この骨は胸鰭を支えたり、動かしたりするのに使われます。また、種類ごとに形が異なるので、近縁の魚を分類するときにも利用されます。この風変りな形をした骨、古くは江戸時代の書物の中に「鯛中鯛」として紹介されています。
 他にも魚の骨や耳石には、大龍、小龍、三つ道具、鯛石、竹馬、鍬形、鳴門骨など、魚類学上とは別に様々な名前が付けられています。きっと魚を貴重なタンパク源として、それこそ骨の髄まで味わうように食べた当時の人たちの食生活と遊び心がそのような名前を付けさせたのでしょう。
 マダイ以外の硬骨魚にも同じ骨があり、その種類独特の表情をしています。そして鯛ではない魚のこの骨も「鯛の鯛」と呼ばれています。

胸鰭付近の骨格図(岸本 原図)

体の中で「鯛の鯛」の位置を示す

 採集した120種類ほどの「鯛の鯛」を比較して見ているうちに、それぞれの魚の表情・姿とその「鯛の鯛」がよく似ていると思うようになってきました。マダイの「鯛の鯛」を標準と考えると、外洋を高速で泳ぐ魚のそれはスマートで頑丈、繊細な魚のそれは薄くきゃしゃな作りでした。次のページで「鯛の鯛」をいくつか写真でご紹介します。魚の写真を載せられなかったので図鑑などと比べながら見て下さい。

アカヤガラ
 細長い体型を反映して、烏口骨も細長く伸びています。髪飾りのように見えるのは輻射骨です。
クロマグロ
 肩で風切るような姿をした、粋な形の「鯛の鯛」です。しっかりとした造りで、外洋を高速で泳ぐ生活に適応しています。写真は輻射骨が付いている標本です。
メカジキ
 がっちりとしていて、牛を連想させます。腹鰭が無いなど、特殊な体型をした魚です。
トビウオ
 胸鰭を使って空を飛ぶトビウオの「鯛の鯛」は、大きな胸鰭を支えるために大きくなっていますが、補強の入った薄い骨で軽くできています。
コブシカジカ
 輻射骨が大きく肩甲骨と烏口骨が離れています。透明でしなやかな、骨らしくない「鯛の鯛」です。
ハマダツ
 魚の骨は、白色か淡い琥珀色をしたものがほとんどです。しかし、この写真では判りにくいのですが、ハマダツの骨はきれいな青緑色をしています。
キンメダイ
 体の割に胸鰭の大きなこの魚は、大きな「鯛の鯛」を持っています。煮ると身離れが良いので骨を取り出しやすい魚です。
タチウオ
 極端に側偏・伸長した体型で、立泳ぎをするタチウオの「鯛の鯛」は、他の魚のそれとは全く違った独特の形をしています。
ミナミハタンポ
 胸鰭を使って泳ぐせいか体の割に大きな烏口骨を持っています。
ハコフグ
 重く頑丈な殻で体を覆って外敵から身を守っているこの魚の「鯛の鯛」は、カルシウムが沈着した堅い骨になっています。
大きな魚には、大きな「鯛の鯛」
カマスサワラ
 この厚く頑丈な「鯛の鯛」は体長約1.5mの個体から得られたものです。この標本の大きさは、ちょうど100mm。手の大きさと比べてみて下さい。
 ちなみに、これまでに当館で収集された中で最も小さいのはオキトラギスの「鯛の鯛」で9mmです。

 日常の食生活では切り身になった魚を食べることが多くなっていますが、たまには一尾丸ごと魚を買って体の場所ごとに違う味を楽しんだり、体の作りを観察しながら食べるのもいいですね。


『海のはくぶつかん』Vol.23, No.1, p.4〜5 (所属・肩書は発行当時のもの)
  おか ゆうさく:学芸文化室博物課

最終更新日:2000-08-10(木)
〒424-8620 静岡県清水市三保 2389
        東海大学社会教育センター
           インターネット活用委員会