■『海のはくぶつかん』1993年1月号

博物館がもっと役立つために

鈴木 克美 

 昨年の夏に「ズームアップ水族館」がオープンして以来、早いもので、半年がたちました。
 「ズームアップ水族館」のサブタイトルは「小さな世界の大きな不思議」です。その内容については、本誌(Vol.22 No.4)でもお知らせしました。これは当館の学芸担当スタッフが、長い準備期間をかけて苦心してまとめた、まだ他のどこにもない、オリジナルな企画です。
 もっとも、小生物を拡大して見せる「マイクロアクアリウム」は、当館をふくめて、あちこちの水族館、自然史博物館に、今までもありました。しかし「ズームアップ水族館」には、それらとはちがう、新しい工夫が盛り込まれています。

 見せ方を秘密にしないというのもそのうちの一つです。今までのマイクロアクアリウムは、プランクトンなどをあらかじめスクリーンに拡大するもので、拡大装置は舞台裏にかくされ、見学者は、いわば、結果を見るだけでした。
 それもスマートな見せ方かもしれませんが、どうすればそれがそういうふうに見えるのかという説明と理解も博物館では大切です。そこで「ズームアップ水族館」では、装置がなるべくそのまま、見学者にも見えるようにしました。
 二つ目は、簡単な装置を見学者が自分で動かして、見たいものが見られるようにしたことです。これまでのマイクロアクアリウムは、映し出された映像を受動的に見るだけで、見学者の参加する余地がほとんどありませんでした。

 水族館は、もともと、ガラス越しに水中を泳ぐ魚を眺めるところです。マイクロアクアリウムの考え方も、その延長上にあるもので、ことに、拡大しなければならないほど相手が小さいだけに、ガラス越しの魚よりも遠いところにいる生きものと思われがちです。
 「ズームアップ水族館」では、12のコーナーを用意し、うち、1ヶ所では、女性インストラクターがヒトデを手にとって、見学者に話しかけながら解説を行っています。別のコーナーでは、学芸員が待機して、もう少し突っ込んだ解説ができるようにしました。

 1970年の開館以来、当館は、1階の水族館から2階の海洋科学の博物館へ行くようにコースが作られています。見学者から見ると、2階の博物館は、1階の水族館よりも内容と解説が、どうしても多くなり、むつかしくなりがちです。
 そこで、1977年に2階の観覧コースの最後にメクアリウム(機械水族館)を増設しました。1986年には2階博物館ホールを一新させ、名前も明るく「マリンサイエンスホール」としました。どちらも、見学者の参加性を大事にすることに重点をおきました。見て、読んで、理解する見学型の博物館から、さわって、動かして、なっとくする参加型の新しい博物館への脱皮を考えたのです。

 その結果、今までは水族館部門の見学を終わると、博物館部門を足早に通り過ぎる傾向のあった見学者の動きが変わったことがわかりました。アンケートをとってみると、メクアリウムやマリンサイエンスホールでもう一度、博物館見学への新しい興味を復活させた方が多かったようです。

 一方、1階の水族館部門では、見学者の参加性についての検討が、博物館部門よりもおくれていました。ガラス越しに魚を眺める水族館では、そのままでは、見学者の参加という要素を受け入れる余地があまりありません。水族館ではそこまで考えなくても、十分興味をもって見ていただけるものと、甘えていた面があったかもしれません。

 当館でも、以前から磯の生物をさわることのできるタッチングプールがあり、インストラクターが、ウニなどを手にとって見学者に話しかけるようにしていたのですが、1990年から、子供たちが浅くて広い水の中へ気軽に入って、無害な海岸動物を手にとって体験できるようにした「ふれてみよう三保の海の生きものたち」という夏休みの特別企画を実施してみたところ、これも、人気は上々でした。
 こんどの「ズームアップ水族館」では、とくに「水族館の参加性」に最重点を置きました。ここでは、小生物を拡大して見るだけでなく、見る人が見たいものをカメラのファインダーにとらえて、クローズアップもピント合わせも、ご自分でやっていただきます。カメラを動かしてみる人だけのオリジナルな、小さな世界を作っていただけます
 ただ「ズームアップ水族館」で、自分なりの小世界を見出すためには、自分の見たいものがはっきりしていなくてはなりません。操作の途中で、見たいものが見つかるかもしれません。
 ところが「ズームアップ水族館」でよくわかるのですが、水族館の見学者には「自分の見たいもの」がはっきりしていない方、見たいもののとくにない方が、意外に多いようなのです。せっかく「ズームアップ水族館」のホールに入られたのに、モニターに映っているビデオだけを見て、装置に手も触れずに出て行かれるのでは残念です。
 それは、与えられたものだけを受け止めてすます、私たち日本人に共通の生活習慣のせいかもしれません。先生の話を聞くことが中心の学校教育のせいでもあるかもしれません。  しかし「ふつうに見える世界」よりも、もっと面白い世界があることを知っていただきたい。それを教えて上げるのも博物館・水族館側の役目です。こちら側からの働きかけ方や努力も、まだ足りないのでしょう。これからはいよいよ、社会教育の時代です。こういったことも、深く深く考えて行きたいものです。


『海のはくぶつかん』Vol.23, No.1, p.2〜3 (所属・肩書は発行当時のもの)
  すずき かつみ:東海大学海洋科学博物館副館長

最終更新日:1997-04-19(土)
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