偶蹄目シカ科メガロケロス(メガセロス)属。更新世後期(70万年〜1万年前)、ヨーロッパからアジアにかけて広く分布した。特にアイルランドのダブリン近郊から80個体以上が発掘されている。 日本では本州や九州から、シリメガセロス属ヤベオオツノジカの化石が発見されている。 |
1973年、長野県野尻湖の三万年前の地層からナウマンゾウの牙と日本産オオツノジカ(ヤベオオツノジカ)の角の化石が完全な形で発見されました。
その化石は、三日月のような形のナウマンゾウの牙と掌状と形容されるヤベオオツノジカの角が芸術的に並んでいたため、「月と星」と感動を込めて呼ばれました。
また、同じ発掘場所から、ヤベオオツノジカの足の骨を削って作られた錐のようなものも発見されました。その化石から、ヤベオオツノジカが、人間の狩猟の対象になり、人間の生活に利用されていたことがわかります。
ヨーロッパでは、ヤベオオツノジカより大型のオオツノジカ(メガロケロス)がアイルランドを中心に多数発見されています。体長3メートル、肩高2メートルの大きさで、掌状の左右の角の幅は3メートル以上、角だけでも50kgを超える巨大な動物でした。ヤベオオツノジカの角とくらべると枝状の部分が長く空に向かうように伸びでいます。
オスの角は、体の成長が止まっても年々大きくなり、敵を威嚇したり、群のリーダーの地位を示す役割を果たしたものの、大きくなりすぎるとバランスがとりにくく逃走の妨げになったのではないかと考えられています。
その大きな角を支えるため、頚椎骨が太く全身の骨格もがっしりしています。
オオツノジカは、更新世後期(70万年前〜)に、ヨーロッパから東アジアにおよぶユーラシア北部の広い地域に分布していました。最終氷期の温暖な時期に、低木林で繁栄した植物食動物で、1万2000年前の寒冷気候のときに個体数が激減しました。全世界的に大型哺乳類が絶滅したこの時期にオオツノジカも姿を消したという説と、少数は黒海周辺で生き延び紀元前500年頃絶滅したという説があります。
どちらにしても、オオツノジカの絶滅に、人間の活動が影響したことが考えられます。
東海大学自然史博物館には、東ヨーロッパで発見されたオオツノジカの全身骨格標本が、見事な角を披露しています。
『ふれあいBOX』1996年9月号 (所属・肩書は発行当時のもの)