2009年1月10日海洋環境士セミナー
「干潟・浅場造成の意義と実例」〜環境コンサルタントの役割と実例〜



海洋環境士セミナー講師紹介
講師

今尾 和正 氏

所属

株式会社日本海洋生物研究所 取締役

略歴

東京水産大学大学院水産学研究科修了後、株式会社日本海洋生物研究所に入社
名城大学大学院総合学術研究課にて博士(学術)を取得
技術士(建設部門、水産部門、総合技術監理部門)


概要

 コンサルタントという仕事は世の中の動きと密接に関わっています。よって、水質や生物などの調査対象となる環境変化は勿論のこと、 社会経済の変化も考えていかないと目標を見失いがちになってしまいます。例えば、魚の需要について見てみると、昔と比べ現在では世界中で魚の需要が高まり、 このまま乱獲や汚染が続けば魚介類は40年後には地球上から消滅してしまうというショッキングな記事が「Science」という有名な科学論文誌に発表されました。 この著者は「計画的な漁業管理」,「汚濁の防止」,「生物多様性の復元や修復」の必要性を強調しています。日本も留意しなければいけません。
そこで、ここでは主に生物多様性の復元や修復の必要性と実際について、三河湾を例に話します。三河湾では夏場は例外なく湾全体に貧酸素水塊が発生します。 貧酸素水塊はその場の主要な生物、特に底生生物に死をもたらし、さらに汚濁指標種の増加、漁業生産量の低下も招きます。 貧酸素水塊を引き起こす主要因は赤潮の発生です。赤潮発生後の有機物の分解により多くの酸素が消費されて、貧酸素水塊が発生します。 その赤潮の発生を促進している原因のひとつが埋め立て面積の累積だったのです。埋め立てによって干潟や浅場が減少したことで 二枚貝に代表される懸濁物食性底生生物が減少しました。二枚貝は優れた水質浄化機能を持っています。二枚貝の減少は浄化機能の低下に直結します。 浄化機能が低下すると懸濁態の有機物が除去されないため、その海域は富栄養状態となり赤潮が発生しやすくなっていたのです。 この赤潮により貧酸素水塊がさらに拡大し、生き物に死をもたらして新たな有機物を海底に提供し、海域の富栄養化を招きます。 このような水質悪化の「負のスパイラル」が発生しているのが現状です。これを修復し、逆に「正の方向」へ転換するのが浅場造成の意義です。
このように環境の修復を実施するための様々な条件、特に生物学的条件を調査・解析して、解決案を考えるのがコンサルタントの仕事です。

★crick★ 今尾先生のご好意で講演で使用したパワーポイントを公開!



Q&A


※みなさんのアンケートの質問を見て今尾先生が答えてくださいました!


・干潟の造成などを行っている中部地方の企業名を教えてください。
一言に干潟造成と言っても,かかわっている企業は,環境コンサルタント,建設コンサルタントなどのコンサルタント会社の他,俗にゼネコン,マリコンと呼ばれる実際に工事を行うところなど,さまざまです。進みたい分野を考えながら,企業研究をしてみて下さい。

・漁業の量で鯨、イルカなどは調査として含まれますか?
示した図の統計値に,それらが含まれているか否かは確認していませんが,含まれていたとしてもわずかでしょう。

・”造成条件の検討”での粒径はどのような関係があるのでしょうか。
底生生物にはそれぞれ好む底泥の粒径があり,重要な検討項目です。

・グリコーゲン含有率(%)の酸素飽和度が15%以下なら水温で、50%以上なら重量を使用するが、なぜ含有率の求め方が違うのでしょうか?
アサリは一定の貧酸素条件下では酸素ではなくグリコーゲンを使って呼吸する。一方,酸素が十分ある時には摂餌をし,体内にグリコーゲンを蓄えると,モデル化しました。
前者の呼吸速度は温度に,後者の摂餌速度は体サイズに大きく影響されると考えました。詳細は,以下の論文を参照願います。
鈴木輝明・青山裕晃・甲斐正信 1998a. 三河湾における貧酸素化によるアサリ(Ruditapes phillippinarum)の死亡率の定式化. J. Adv. Mar. Sci. Tech. Soci., 4, 35-40.
青山裕晃・甲斐正信・鈴木輝明・中尾徹・今尾和正 1999. 三河湾における貧酸素化によるアサリ(Ruditapes phillippinarum)の死亡率の定式化U. J. Adv. Mar. Sci. Tech. Soci., 5, 31-36.
今尾和正・鈴木輝明・青山裕晃・甲斐正信・伊東永徳・渡辺淳 2001. 貧酸素化海域における水質浄化機能回復のための浅場造成手法に関する研究. 水産工学, 38, 25-34.
なお,前二者は,中田先生,千賀先生に,尋ねてください。論文が掲載されている雑誌をお持ちです。

・以前、大阪の道頓堀で浄化のためにムール貝を使っていると聞きましたが、浄化作用は全ての二枚貝にあるのでしょうか?また他の貝にもあるのでしょうか?
水質浄化はいろんな観点から検討することができますが,講義で主に紹介したものは,二枚貝の摂餌活動に伴う水中に懸濁している物質の除去です。したがって,懸濁物食性の二枚貝は皆,同じ役割を担っています。懸濁物食以外の食性の底生動物も,違った側面から環境浄化の役割がありますので,調べてみてください。

・今日では「海は大きいので人間活動による環境への影響が小さい」という考えが成り立ちにくくなってきています。漁獲量の減少もこれに含まれると思いますが、海から炭素(魚貝類)を取り出し陸地や大気に固定しているという見方もできるように思えます。このような見地や、この見地よりの対策などを発信するには何が必要でしょうか?
海や,その恩恵を利用しながら営まれている漁業には,さまざまな多面的機能があることが認識されるようになってきました。炭素循環に大きくかかわっていることもそのひとつですが,海の恵みを持続的に利用できるような仕組みを考えることが重要ではないでしょうか。いっしょに考えていきましょう。

・今尾先生は以前藻類の研究をされていたと聞きました。最近「アマモを植林して海の森をつくろう」「海を再生しよう」などの取り組みが多く見られますが、アマモが一番適しているのか知りたいです。また、珪藻について調べおもしろいところなどを教えてください。
アマモ(海草)の他,海藻(大型褐藻類など)についても,藻場造成の取り組みが行われています。藻場造成にはいろんな技術が考えられていますが,植物が自ずと回復できるような環境を整えることも重要だと思います。

・実際にアサリの種苗生産と人工干潟での繁殖率では、人工干潟の方が効率よく増やせるのですか?すでに数値として出ているのでしょうか?一色干潟においてなぜイシガレイを調査対象種としたのですか?
アサリに限らずどんな魚介類でも,生息場がなければ,いくら種苗を放流しても意味がありません。劣化した環境や,埋め立てられ減少した生息場を修復する観点から,人工干潟・浅場の造成が進められています。干潟をよく利用している魚類の代表として,イシガレイを選びました。

・生物相の変化などは考慮されているのですか?
講義では述べませんでしたが,干潟・浅場造成や,浚渫後の窪地の埋め戻し等による環境修復では,底生生物の種数,優占種,分類群別の組成,食性分類,生物多様性などの観点からも検討しています。


今尾先生のセミナーの様子がnews letter『Tokai Style』に掲載されました!



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